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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

<八ヶ岳南麓の秋>―写真スライド・ショーと、オーボエ・ソナタ― 

Posted on 11:45:09

 
 このYouTube作品は、職場の同僚のGeorge Okandaさんとのコラボレーションです。
 George Okanda氏が撮影した、秋の八ヶ岳南麓の風景を撮影した多数の美しい写真がスライド・ショーになっています。
 背景の音楽は、私、森さちやの作曲による、オーボエ・ソナタ<八ヶ岳南麓の秋>です。
 

 
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テーマ - クラシック

ジャンル - 音楽

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ケプラーの「惑星の音楽」とガッフーリオの「惑星の旋法」 

Posted on 06:25:01

 
 前回のブログ記事で、ルネッサンス期の音楽理論家、フランキーノ・ガッフーリオの発想、「惑星と旋法との照応」の構図を紹介しました。
 今回は、その発想と、ケプラーの「惑星の音楽」とを比較してみようと思います。

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テーマ - 星・宇宙

ジャンル - 学問・文化・芸術

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惑星と旋法との照応―惑星の音楽のルネサンス版― 

Posted on 09:16:27

 
 古代ギリシア、ピュタゴラスやプラトンの時代より、天体の運行と音楽的な協和との間には関連があると想定されてきました。近世には、17世紀初頭、楕円軌道論を提起したケプラーが、「惑星の音楽」を『宇宙の調和』に書き記しました。
 その100年ほど前、ルネサンス期には、著名な音楽理論家ガッフーリオによって、ケプラーの「惑星の音楽」の祖先形のような発想が描かれていました。
 今回は、そのガッフーリオによる「惑星の旋法」のアイディアを紹介することにします。

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テーマ - 星・宇宙

ジャンル - 学問・文化・芸術

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転調が暗示すること 

Posted on 10:05:30

 
 最近、私は、オーボエ・ソナタ<八ヶ岳南麓の秋>という曲を創作しました。
 その際、提示部と再現部の2つの主題に関して、調性関係において、古典派のソナタ形式のパターンを踏襲しました。
 その作曲の過程で、転調に関してめぐらした思考を、ここに記しておきます。

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テーマ - 作詞・作曲

ジャンル - 音楽

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「作曲についての目的」と「作曲の目的」 

Posted on 11:11:34

 
 作曲家の近藤譲さんが、「目的性のない行為としての音楽」という論考の中で、上記の2つの目的を区別して使い分けています(近藤譲『聴く人』アルテスパブリッシング、2013年、Ⅲ章、pp.101-103)
 「作曲についての目的」「作曲の目的」の使い分けを議論の梃子として、近藤氏はややアクロバティックな論理を展開し、「作曲とは目的のない行為」(p.109)であるという持論にたどり着きます。
 今回のブログでは、近藤氏のその論旨を追うことはせず、彼が用いた作曲行為に関する目的の概念区分を借用して、私自身の作曲に対する意識を振り返ってみたいと思います。

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テーマ - 作詞・作曲

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