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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

オイラーが考案した、和音の「快適度」をめぐって 

Posted on 09:44:51

 
 18世紀の代表的な数学者、レオンハルト・オイラーは、なぜ短調の曲に悲しみを感じるのか、疑問に思い、和音に関する数学的な指標、「快適度」を考案しました。
 今回は、それに関する話をします。
 前回と同様、『音楽と、近代科学の形成』という書物から得た内容の紹介です。
(Pesic, Music and the Making of Modern Science, The MIT Press, 2014, Ch.9)
 実に面白い発想だと私は感じました。
 ペジック氏の考察を紹介し、さらに、この指標に対する私の批判的検証を付け加えておきます。

 
 オイラーの指標、「快適度」
 
 オイラーは、当時の音楽理論も十分咀嚼していて、純正律の比に基づいた音階理論をベースにして、彼独自の和声についての数学的理論を構築しました。それが、「快適度」です(1730年に書かれ、1739年に出版された、音楽理論に関するオイラーの著作 Tentamen に登場)
 オイラーの著作での表記は、gradus suavitatis で、上記のペジック氏の著作では、degree of agreeableness と英訳されています。私が読んだ範囲での文脈からすると、「心地よく感じる度合い」といった意味合いと思われます。そのため、私はとりあえず、「快適度」という日本語訳を充てました。
 さて、音程間隔や、和音は、振動数の比で理解することができます。純正律に基づけば、たとえば、完全5度の比は、2対3です。また、ドミソの長3和音の比は、4対5対6です。
 オイラーは、こうした完全五度のような音程間隔や、長3和音などに対して、どの程度心地よく感じるかの数学的指標を考案したのです。彼が注目したのは、比の値の最小公倍数です。異なる振動が共鳴するための条件を数学的に求めれば、最小公倍数にたどり着くのは必然でしょう。
 オイラーが提起した、「快適度」dは、次の式で与えられます。
 
  d=s-n+1
 
 sは、最小公倍数を素因数分解した各素数の和、nは、素因数分解の項の数、です。
 たとえば、完全5度の場合、2と3の最小公倍数は6です。6=2×3なので、s=2+3=5、n=2、d=5-2+1=4、となります。したがって、快適度は4です。
 また、ドミソの長3和音の場合、4と5と6の最小公倍数は60です。60=2×2×3×5ですから、s=2+2+3+5=12、n=4、d=12―4+1=9、となり、快適度は9です。
 この快適度の数値が小さいほど、和音は心地よく感じ、数値が大きいほど、不協和の度合いが増す。そのような関係になるように、オイラーは「快適度」の計算式を設定したようです。
 オイラーは、短調の音楽のほうが、快適度の数値が大きい和音が多いため、長調の曲で感じるような明るい快適さは得られない、と判断したようです。快適度の数値がある程度大きいと、すなわち、不協和の度合いがある程度高くなると、人間の精神はその和声をなんとか理解しようと奮闘します。その「精神のつらさ」が、悲しみの感情につながっているのだ、と考えたようです。
 
 オイラーの多面体定理
 
 ところで、オイラーが見出した、立体図形に関する定理があります。「オイラーの多面体定理」として知られているものです。
 その定理は、直方体とか四角錐といった、平面で取り囲まれた立体に関する、頂点の数V、辺の数E、面の数F、の3者に関して成立する関係を表したものです。
 
  V-E+F=2
 
 これがその関係式です。
 たとえば立方体の場合、V=8、E=12、F=6ですから、8―12+6=2となり、成り立ちます。
 三角錐の場合、V=4、E=6、F=4ですから、4―6+4=2となり、やはり成り立ちます。
 ペジック氏が指摘するように、確かに、この関係式は、上記の「快適度」の計算式とよく似ています。そして、両者の発想法には共通性がありそうです。どちらも、具体的な細部の相違を捨象して、本質的要素のみを取り出して一般化しています。
 多面体の本質的要素として、オイラーは、頂点と辺と面に注目しました。一方、和音の共鳴の本質的条件として、振動数の比の数値の最小公倍数に着目したのです。両者とも、「トポロジカル」な発想だ、とペジック氏は捉えています。
 「快適度」の式のほうが、「多面体定理」の式よりも、時期的に先行するので、音楽に関する疑問から形成された思考パターンが、数学の問題に対して適用された、とみられます。
 この点に関しては、私も同意できます。
 
 「快適度」に対する批判的検証
 
 さて、オイラーの考案した「快適度」は、実際に音楽演奏の現場に適用できるものなのでしょうか。また、オイラーの疑問の原点、短調の音楽に対して、妥当な結論が導かれるのでしょうか。
 ここから先は、私(森)が、オイラーの「快適度」をチェックした結果を報告することにします。
 結論から先に言いますと、上記の2点の問いに対して、私はどちらも否定的です。
 まず、音楽の現場には適用できません。その理由は、オイラーの説が「純正律」の比に基づいた理論となっているからです。「平均律」の場合、どの和音も、整数比とはならず、無理数の比となります、したがって、近似の整数比をとったとしても、最小公倍数は非常に大きな数値になってしまい、すべてが圧倒的な不協和音とみなされてしまいます。ところが、平均律のピアノの和音も、それなりに響き、不快ではありません。
 当時のバロック音楽で用いられていた、中全音律や、ウェル・テンペラメントでも、ピュタゴラス由来の「整数比の基づく協和」の理念をなかば放棄していますから、オイラーの説は通用しません。したがって、「快適度」の指標は、机上の理論的産物であったと考えられます。
 次に、短調の音楽では和音の「快適度」の値が大きくなるため、悲しく感じる、というオイラーの考察には、無理があります。その最大の理由は、純正律において、長調の核となるドミソの長3和音と、短調の核となるラドミの短3和音の、それぞれの比の最小公倍数は、どちらも60となり、「快適度」が等しくなってしまうからです。
 ラドミの短3和音の純正律における比は、10対12対15です。長3和音の4対5対6に比べると、数値自体は大きくなっていますが、最小公倍数はどちらも60です。したがって、オイラーの説明(をペジック氏が紹介した説明)に従えば、「快適度」はどちらも9となります。したがって、ドミソとラドミの和音に対する理解しやすさは変わらないことになります。しかし、実際の和音が与える印象は、対極的です。ラドミの和音は、暗く、悲しく響きます。
 
この点に関して、おそらくオイラーは、短3和音の比の値に誤った数値を代入してしまったのではないか、と私は推測します。というのも、ペジック氏が紹介している計算例に、ミソシの短3和音があるのですが、この比も、純正律では、ラドミと同じく10対12対15になります。ところが、『音楽と、近代科学の形成』の136ページの囲み記事では、ミソシの短3和音の比が、5対6対7となっているのです。明らかなミスです。
 5対6対7の比ならば、シはフラットになります。それも、倍音列の7番目の音に対応するので、純正律のシ♭よりもわずかに低い音になります。したがって、この比は短3和音ではありません。減3和音に近い響きの和音となります。この数値の最小公倍数は210で、快適度d=14 となります。
 この代入ミスは、オイラーによるものか、ペジック氏によるものかは現時点では判断できません(オイラーの原典をすぐには調べられないため)。オイラーが用いた数値をそのままペジック氏が紹介したかもしれませんし、オイラーの理論に、ペジック氏が適当な例を適用する際に誤ったのかもしれません(さらに、森による誤解がどこかにある可能性も考えられます)。ただ、オイラー本人がミスしていたとするならば、オイラーがこの「快適度」から短調の悲しさを説明できる、と誤解してしまったことも了解できます。
 いずれにせよ、私には、ペジック氏の著作の当該部分に関しては、ペジック氏が行うべき慎重な検証が欠けていた、と思われました(その囲み記事内では、これ以外にもミスと思われる点があります)。

 
 では、なぜ、長3和音と短3和音の最小公倍数が一致するのでしょうか。それは、どちらも、長3度の比4対5と、短3度の比5対6の組み合わせからなり、3つの数の連比の最小公倍数は、順序を入れ替えても等しくなるからです。ところが、長3度が和音の低音側に来るか、高音側に来るかで、3和音の響きは全く異なってしまいます。
 「快適度」の計算で導入された最小公倍数は、3和音内の2つの音程間隔の上下を交換しても、値は変わりません(証明は簡単にできます。証明は省略)。ところが、実際の和音では、音程間隔の順序を入れ替えると、響きが変化してしまいます。この点が、オイラーの「快適度」理論の致命的な欠点といえます。
 したがって、オイラーのこの指標は、「純正律」の枠内でも妥当しない、と結論づけられます。
 和音に対して、「心地よく感じる度合い」を数値化してみよう、という発想は、今日の視点からも斬新で、実に興味深いものでした。しかしその試みは、成功したとはいい難い、と私は判定します。
 オイラーの名声にもかかわらず、今日までこの理論が注目されなかったのも、うなずけます。

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