04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. » 06

作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

リンネの植物分類の後始末―ジュシューの自然分類― 

Posted on 12:24:10

 
 前回のブログ記事、<リンネはなぜ、植物の分類基準として「雄しべ」を選んだのか?>の続編です。
 近代分類学の父と呼ばれるカール・フォン・リンネは、植物分類において、奇妙な基準を用いて「綱」を区分しました。「雄しべ」を最優先した分類基準を採用したのです。
 彼の分類基準は、後の植物学者に批判され、19世紀以降には引き継がれませんでした。では、植物の分類はどのようになされるべきなのでしょうか。
 リンネの体系を批判的に乗り越えていった後継者の歴史を、今回は手短に述べておきます。さらに、歴史の大局的動向に対する私の個人的見解を付け加えておきます。
(歴史的流れの説明が不十分であった前回の記事を補う意味合いもあります)

 
 リンネ以降、植物の分類に新境地を拓いたのが、フランスのアントワーヌ・ローラン・ド・ジュシューです。彼は、リンネが行った雄しべと雌しべの数のよる一元的な分類基準を否定して、複数の重要形質を分類基準として組み合わせることを提案しました。
 まずは、子葉の数で、無子葉類、単子葉類、双子葉類に大別します。次いで、花冠の有無、花弁の形(合弁・離弁)と、子房に対する雄しべの位置を基準として、グループ分けを行います。これにより、ジュシューは十五の植物の綱を設定しました。これらの分類基準はどれも、17世紀以降の先人たちが着目していた形質ではありました。しかしリンネを含む先行研究者らとは異なり、ジュシューは一元的な分類を排し、多元的に、さまざまな重要形質の組み合わせを採用したのです。
 リンネが別の綱に分類した二種のツツジ前回の記事で紹介した雄しべの数が異なるツツジ)は、ジュシューでは同じ綱、同じツツジ目に属することになるでしょう。ツツジ目は、双子葉類の合弁花で、雄しべが子房の周囲にある第九綱に属しています。
ジュシューはこの分類が正当であること、すなわち「自然分類」となっていることを擁護するために、「形質の順位の法則」を立てて説明します。第一に重要な形質は、形に変化がなく、同一の植物群で必ず出現する形質です。胚の子葉数はそれに該当します。次いで重要な第二の形質は、形に変化がなく、同一の植物群で例外的にしか変わらないもの。花冠の有無や、合弁か離弁か、などです。優先度の低い第三の形質は、同一植物群内でさえしばしば形が変化する形質で、リンネが最も重要視した雄しべの数は、ここに該当します。
 このようにジュシューは、形質間に重要度の順位を導入して分類を行う方法を確立し、自然界に内在する秩序が反映される「自然分類」の方向性を定めました。彼の植物分類は、人々の直観的な認知によるグループ分け(一目見て、これとこれは似ている、といったやり方)とも整合的であったため、歓迎されたのです。
 ジュシューの植物分類の方法は、まずは1774年に、『アカデミー報告』で提起されました。次いで1789年、『植物属誌』として刊行されます。刊行年がフランス革命勃発の年と重なったため、「植物学の革命の書」とも言われたそうです。
 啓蒙主義の影響下で成立した自然分類の構想には、もはや、自然の秩序が神に由来するといった観念は希薄となっています。むしろ、ジュシューが子葉の数や花弁の形などに着目したように、動物界・植物界に内在するさまざまな構造上の規則性や統一性に注目が集まり、秩序は自然界に内在する性質のものと理解されるようになっていました。
 自然分類の理念によって把握されつつあった、類縁関係に基づく動植物の種の配列は、自然自体が有する秩序と考えられ、その秩序の探究と表現こそが分類の目標となりつつありました。自然分類の構想は、植物分類では、オーギュスタン=ピラム・ド・カンドル(1813年)に引き継がれます。動物の自然分類は、パリの自然史博物館でのジュシューの同僚たち、ジャン・バティスト・ラマルク(1809年)やジョルジュ・キュヴィエ(1817年)らによって、具現化されていきます。彼らによって、リンネの時代まであまり研究されずに放置されていた無脊椎動物の領野が開拓され、動物界の多様性に対する認識が深まっていきました。ラマルクは、この分野の研究過程で、進化論の着想を得ますが、それに関連する話は、また後の回に譲ることにします。
 
 このように、十八世紀の近代分類学の動向にも(発生学や運動力学の歴史と同様に)神の創造による秩序から自然自体に内在する秩序へ、という方向性の推移がみられるのです。
 この推移は、啓蒙期の「神の棚上げ」の一事例といえるでしょう。
「神の棚上げ」は、私の恩師、村上陽一郎先生が、『近代科学と聖俗革命』(新曜社、1976年)で用いたキーワードです。
 十八世紀後半、啓蒙思想の波及とともに、人々の神に対する意識も変わってきました。この世界の秩序や活力は神によって付与されといる、という見方は薄れ、秩序や活力は自然界自体に内在されている、と了解されるようになってきます。こうした自然観の推移が、分類学の方法論の変容にも影響を及ぼした、と見ることができます。
 生物学の歴史では、リンネからジュシューへの変遷は「人為分類から自然分類へ」と総括されるのが一般的です。もちろんそうなのですが、背景となった生命観を含めて考えれば、「神から自然へ」とも要約できる成り行きでもあった、と私は考えています。


関連記事
スポンサーサイト

テーマ - 文明・文化&思想

ジャンル - 学問・文化・芸術

△page top

△page top

Secret

△page top

トラックバックURL
→http://wood248.blog.fc2.com/tb.php/96-0bf8ebdb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△page top

カテゴリ

全記事一覧リスト

最新記事

月別アーカイブ

コメントをどうぞ

最新コメント

最新トラックバック