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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ケプラーが「惑星の音楽」で想定していた音律 

Posted on 11:38:12

 
 惑星の運動法則を見出した天文学者、ヨハネス・ケプラーは、1619年の代表的著作『宇宙の調和』の第5巻において、「惑星の音楽」を論じています。
 今回は、その「惑星の音楽」の概略を紹介し、その音楽が想定していた音律が「純正律」であることを確認してみようと思います。
 
Kepler's Music of Planets 
(ヨハネス・ケプラー、岸本良彦訳『宇宙の調和』工作舎、2009年、p.451より、クリックで拡大)

 
 上に掲載したスコアが、ケプラーが書き残した「惑星の音楽」です。この音階は、ケプラーが生涯研究していた、惑星運動に関する特別な値に基づいて、創り出されました。惑星は円運動をするのではなく、正確には楕円軌道を描きます。また、等速運動ではなく、太陽に最も近い近日点付近では速く、最も遠い遠日点付近では遅く運行します。
 ケプラーが着目したのは、楕円軌道上で速度を変えて公転する惑星の、最も速い速度と、最も遅い速度でした。正確にはそれぞれ、近日点、遠日点における太陽から見た1日あたりの角速度、です。地球を含めた6つの惑星の、計12のそれらの値を一覧表に示し、ひとつの惑星における2種の極限角速度の比の値を求め、対応する和音を導き出しているのです。
 たとえば、土星の両者の角速度の比は4対5であり、この比は長3度の和声を形成する比と全く同じなため、長3度の音程間隔が両者の間にはあります。それゆえ、土星が太陽の周りを一周すると、[ソ‐ラ‐シ‐ラ‐ソ]という音階を奏でる、とケプラーは考えました。
 同様にして、6つの惑星すべての和声を割り出し、それから帰結する音階を五線譜に書き記したのです。
 地球の場合は、15対16であり、短2度すなわち半音の比に相当するため、[ミ‐ファ‐ミ]という音階になります(スコア上の音名は[G‐A♭‐G])。この音階につけられたケプラーの注釈がふるっています。
 
「その音節からさえもこのわれわれの居住する地では、MIseria(悲惨)とFAmes(飢餓)が勢威を振るうことが推測される」(同書、p.452)
 
 また、惑星間の2種の極限角速度の比較を試みています。たとえば、土星の近日点での角速度と、木星の遠日点での角速度の比は、1対2です。これは1オクターヴの音程に相当します。地球の遠日点と金星の近日点における角速度の比は、3対5で、長6度の和声を形成します。そして、オクターヴの移動を行うことにより、12種の音の高さを1オクターヴ内に収め、その中から該当するものを選び、長音階と短音階を成立させています。
 このように、ケプラーは惑星の運行に和声的調和を読み込んでいました。宇宙には音楽的調和が内在している、というピュタゴラス以来の伝統的観念を引き継いでいたのです。楕円軌道の発見においては「一様なる円運動」というギリシア以来の固定観念を棄てたケプラーも、「宇宙の音楽的調和」という魅惑の図柄に関しては、抗うことなく継承し、楕円軌道論を加味した独自の展開を行ったのでした。
 
 では、ケプラーの「惑星の音楽」においては、どのような音律が想定されていたのでしょうか。
 ジェームズ1世に捧げた献辞において、「ピュタゴラスとプラトンの香り漂うこの天体の調和に関する著作」(同書、p.6)という表現があるように、ピュタゴラス以来の「数比に基づく協和音」の理念をケプラーは踏襲しています。プトレマイオスの和声論についても、部分的に擁護しています。ただし、個別の論点では、ピュタゴラスやプトレマイオスの誤りを指摘してもいます。
 ケプラーの判断では、和声において7種の協和音が認められると言います。弦の長さの比では、1対2、2対3、3対4、4対5、5対6、3対5、5対8の場合です。それぞれ、1オクターヴ、完全5度、完全4度、長3度、短3度、長6度、短6度に相当します。これらの比はすべて、「純正律」で用いられる比と全く同じです。
 これらが協和する根拠としてケプラーは、円に内接する正多角形の作図可能性を持ち出して議論しています(その内容は省略)
 またケプラーは、「諧調的音程」として、大全音と小全音と半音の存在を認めています。それぞれ、2種の協和音程の対比によって得られ、音階を形成する要素となり得るからです。得られる比の値は、8対9、9対10、15対16であり、やはり「純正律」で用いられる比と全く同じものです。
 そして、「惑星の音楽」に登場する音程の比は、ほぼ前記の比のどれかに収まっています。つまり、「純正律」の比を援用しているのです。
 したがって、ケプラーの「惑星の音楽」では、音律として「純正律」が想定されていた、といえます。プトレマイオスがその原型を創案し、ラモスが提唱し、ツァルリーノが理論体系化した「純正律」を、ケプラーは適切な音律として採用していたのでした。
 楕円軌道理論においては、ギリシア由来の「一様なる円運動」という固定観念をケプラーは粉砕しましたが、音楽理論においては、彼は伝統の破壊者ではありませんでした。「数比の基づく協和音」の理念を擁護する点において、さらには「宇宙の音楽的調和」を信奉している点において、ギリシア以来の伝統の継承者であり、その枠組の射程内で、独自の「惑星の音楽」を展開したのです。
 
 ところで、ケプラーが『宇宙の調和』を執筆していたころ、すでに、今日で言う「平均律」の構想が提起されていました。そしてケプラーは、その音律の理論を知っていました。しかし、その音律を採用しようとはしませんでした。
 次回は、その話を書こうと予定しています。

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