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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

平均律の雛型―アリストクセノスの音階論― 

Posted on 17:20:23

 
 前回に引き続き、古代の音律の話です。
 純正律のみならず、平均律についても、その先駆的考え方が、古代に存在していました。『ハルモニア原論』を遺したアリストクセノスの音階論です。
 今回は、彼の考えと、そこに「平均律」の発想を読み取った16世紀後半の人物についてのお話です。
(音律についての基礎知識を、前回の記事で解説しておきました。必要に応じてご参照ください)


 
 アリストクセノスの『ハルモニア原論』に述べられている音階に関する個々の言明を総合すると、今日の「等分平均律」に相当する音階構造を導けます。それらの言明をリストアップしてみます。
(すべて、アリストクセノス/プトレマイオス、山本健郎訳『古代音楽論集』京都大学学術出版会、2008年、より)
 
・4度は2個の全音とひとつの半音からなる。
・全音はふたつの半音に等分される。
・4度は5個の半音からなる、ともいう。
・全音は、5度と4度との差から得られる。
・5度は3個の全音とひとつの半音からなる。
 
 すると、オクターヴは、4度プラス5度より、5個の全音と2個の半音からなることになります。全音を半音に換算すると、オクターヴは12個の等しい半音から構成されます。 このように、彼の議論から、無理なく「等分平均律」の構図を読み取れます。
 16世紀後半、アリストクセノスの著作から「等分平均律」を抽出した人物がいました。ガリレオの父、ヴィンチェンツォ・ガリレイです。
 リュートを弾く音楽家で、音楽理論の研究者でもあったヴィンチェンツォは、音楽理論上の師であるツァルリーノに反旗を翻し、純正律に対する系統的な批判を行いました。純正律にはさまざまな欠点があり、不完全な音律である、という議論です。
 そして、純正律の代案として、ヴィンチェンツォが提起したのが、アリストクセノスから読み取った音律でした。ヴィンチェンツォの著作、『古代音楽と当代音楽についての対話』(英訳あり)を読むと、彼が今日の「等分平均律」に相当する音律を構想していたことがわかります。
(Vincenzo Galilei, translated by Claude V. Palisca, Dialogue on Ancient and Modern Music, New Haven, 2003, pp124-134)
 1オクターヴの協和音程を除いて、どの音程間隔でも、簡単な整数比とならなくてよい、きれいな数比からそれぞれわずかに外れる、とヴィンチェンツォは容認しています。そして、音階を、協和音の累積とは把握せず、12の半音の積み重ね、と捉えました。
 ヴィンチェンツォは、「簡単な整数比による協和音程」という呪縛からは解放されていました。彼の目からは、プトレマイオスも、師のツァルリーノも、ピュタゴラス以来のギリシア的調和の固定観念に囚われているように見えたのでしょう。音楽演奏の実際問題として、正確な比の値から少々ずれることを、ヴィンチェンツォは厭いませんでした。
 アリストクセノスの理論を敷衍すれば、五度は完全協和よりもわずかに低い音程となり、四度は逆に、完全協和よりもわずかに高い音程となる、とヴィンチェンツォは正確に計量していました。
 
 ところで、アリストクセノスの約500年後のプトレマイオスは、アリストクセノスの音階論を数の比に基づいて批判しました。6個の全音を積み重ねると、1オクターヴよりわずかに広くなってしまう、と指摘しています。全音を、完全協和の5度と4度との差とするならば、プトレマイオスの指摘どおりです(この差から得られる比は8対9であり、プトレマイオスの大全音に相当します)
 そして、前回の記事で述べたように、「テトラコード」に関しては、プトレマイオスはふたつの異なる全音とひとつの半音に分割する「高い全音分割」という音律を書き残しました。この分割による[ラ―ソ―ファ―ミ]の音程間隔は、十六世紀の純正律の音程間隔と全く同じでありました。比の値が完全に一致しているのです。
 純正律の支持者であったツァルリーノは、その事実を発見し、純正律の理論体系化を行いました。ところが弟子のヴィンチェンツォは、プトレマイオスが批判して中世には埋もれていたアリストクセノスの理論を再評価したのでした。
 ヴィンチェンツォが計量した、アリストクセノスの4度と5度を基にすれば、プトレマイオスよりわずかに狭い全音が得られます。その全音ならば、6個積み重ねて、ちょうど1オクターヴとなり、プトレマイオスの批判は当たらなくなります。
 
 ルネッサンス期の研究者らしく、ツァルリーノもヴィンチェンツォも、師弟ともども、古代ギリシア・ローマ時代の文化的遺産を再発見し、それを典拠として自らの議論を展開しています。
 そして、埋もれていたふたつの音律間に存在していた対立も、16世紀の二人によって、再燃したのでした。
 デモクリトスの原子論や、アリスタルコスの地動説(太陽中心説)は、16世紀から17世紀にかけて、再発見され、再び検討されるようになりました。
 
古代の原子論や地動説で起こった、埋もれていた学説の再発見は、音律理論においても、二重の形で再現されたのです。

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