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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

純正律の原型―プトレマイオスのテトラコード― 

Posted on 09:51:08

 
 ルネッサンス後期の標準的音律であった、「純正律」という音律は、それより約1300年ほど前、古代ローマの天文学者、天動説を体系化したプトレマイオスによって、その原型といえるものが書き記されていました。
 このことは、古代と近代初期とを結ぶ、文化的遺産の歴史的継承の観点から、実に興味深いものです。
 今回は、これにまつわる話をします。

 
 まず、音律と比にまつわる基礎知識を確認しておきます。
 
 「音律」とは、今日で言うドレミファソラシドの音階の音程間隔を、どのように設定すべきか、という課題に対する解答案です。歴史上、さまざまな音律が提案されました。代表的音律に、ピュタゴラス音律、純正律、中全音律、平均律、などがあります。
 古代ギリシアのピュタゴラスによって提示された音律は、簡単な整数比、1対2、2対3、3対4、の比のみによって形成される音律でした。
 音程の「比」とは、現代では音の周波数の比、なのですが、ギリシア以来、弦の長さの比を指していました。弦の長さの比と、周波数の比とは、互いに逆比となるので、どちらを考えてもかまわないわけです。
 ピュタゴラス音律の上記の3つの比はそれぞれ、1オクターヴ、完全5度、完全4度の音程に対応します。この3つの比のみで、ド・ファ・ソ・ドの音程は確定します。レの音は、ソの音の完全5度上の1オクターヴ下、ラの音は、レの完全5度上、といった具合に、音の高さを決めていきます。
 このピュタゴラス音律は、中世初期の学者、ボエティウスによって支持され、中世ヨーロッパの標準音律になりました。≪グレゴリオ聖歌≫は、ピュタゴラス音律に準じて歌われていたことでしょう。この音律に調律された楽器の音階に馴染んだ修道院の僧侶たちが歌っていたと考えられるからです。
 ところが、ピュタゴラス音律では長3度がやや不協和でした。完全5度を積み重ねた結果、形成される音程だからです。比で表すと、64対81でした。
 15世紀に3度や6度の和声がミサ曲の複旋律に使われるようになると、3度の響きがきれいな音律が求められるようになり、純正律が登場します。15世紀、スペインのラモスが考案した音律です。この音律は、教会で歌われるポリフォニーに向いていました。
 純正律では、ドとミ、ファとラ、ソとシの間の比がすべて4対5で、美しい長3度が得られます。その犠牲として、全音の間隔が2種類できてしまいました。ドとレ、レとミの間隔が、若干異なるのです。
 純正律のドレミファソラシドの音階間の比は、3種類ありました。全音の比が、8対9と9対10の2種、半音は15対16でした。

 
 以上、ピュタゴラス音律と純正律の基礎知識でした。ここからようやく、プトレマイオスの話に入ります。
 古代ギリシアや、古代ローマの音階理論の基本単位は、四度でした。今日の階名ならば、[ラ―ソ―ファ―ミ]または[ミ―レ―ド―シ]の音階を、どのような間隔で設定すべきか、というのが、「テトラコード」のテーマでありました。プトレマイオスも、このテーマを共有していました。
 プトレマイオスはテトラコードに関して、ふたつの異なる全音とひとつの半音に分割する「高い全音分割」というテトラコード音律を書き残しました。
(訳語は、山本建郎氏による。アリストクセノス/プトレマイオス、山本健郎訳『古代音楽論集』京都大学学術出版会、2008年、p.170)
 この分割による[ラ―ソ―ファ―ミ]の音程間隔は、15、16世紀の純正律の音程間隔と全く同じです。比の値が完全に一致しているのです。全音の比が上から9対10と8対9、半音は15対16の比となっています。
 2種類の全音の比を掛け合わせると、4対5となります。この比は、長3度が協和する比でした。プトレマイオスは、この比に気づいていました(同書、p.131)。純正な長3度を了解した上で、このテトラコード音律を書き記していたのです。
 この「高い全音分割」のテトラコードを、もうひとつ上に、全音(8対9)離して接続すると、つまり、[ミ―レ―ド―シ][ラ―ソ―ファ―ミ]の上に、ともに「高い全音分割」で繋げると、ミからミまでの1オクターヴの音階ができます。この音程間隔は、すべて、純正律の音程間隔と等しくなります。
 プトレマイオスは、純正律の先駆者でありました。
 この事実は、16世紀の音楽学者、ジョゼッフォ・ツァルリーノによって見出されます。14世紀あまりの間、プトレマイオスの音律は埋もれていたのでした。
 
 ここに、歴史の皮肉を感じます。
 プトレマイオスは、彼の天動説によって、古代アレクサンドリア時代のアリスタルコスの地動説(太陽中心説)を批判しました。アリスタルコスの学説は、中世には埋もれてしまい、16世紀にコペルニクスにより再び取り上げられます。
 プトレマイオスの天動説は、14世紀もの間、主流の宇宙論として継承されてきましたが、彼の純正律に通じる「高い全音分割」のテトラコードは、地動説のように埋もれてしまっていたのでした。
 天動説は、近代天文学により否定されていきます。純正律も、17世紀以降、主流の音律ではなくなります。
 円軌道と2オクターヴの音階とを対比して宇宙の調和を理解していた天文学者、プトレマイオスの2分野での理論は、どちらも、16世紀、17世紀において、激動に見舞われたのです。歴史の荒波が、1400年の月日を経た後、襲ってきたのでした。

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純正律の原型―プトレマイオスのテトラコード―

はじめまして

 テトラコルドと全音階の関係がよくわからないのでお尋ねします。
プトレマイオスが、テトラコルドで純正3度を気づいていたようだということは、テトラコルドではない全音階、としての純正律を着想していたとしうると自動的に考えられるのでしょうか。確かに、ピタゴラスの全音階音律はその時代よりもはるか昔に提唱されてはいたわけですから、プトレマイオスが全音階の中に組み込んで考えたろうとするのはしやすいですが。なぜ、プトレマイオスは全音階レベルで思索しないで、テトラコルドレベルで思索したのでしょうか。

DELAZZA | URL | #9k2d17rU

2016/03/04 23:36 * edit *

Re: プトレマイオスのテトラコードをめぐって

 ご質問ありがとうございます。
 私が理解している範囲で返答いたします。
 まず、「テトラコルドと全音階の関係」ですが、テトラコルドには大別して3種類あり、そのうちのひとつが、「全音階的テトラコルド」です。プトレマイオスは、それぞれのテトラコルドに対して、さらにさまざまな分割比を考えていました。
 テトラコルドと全音階とは、思考方法は異なりますが、排他的ではありません。
 プトレマイオスは、ピュタゴラスとアリストクセノスの理論に対して批判をしていますが、とくにピュタゴラスに関しては、基本的には理論を受け入れた上で、「不適切な」あるいは不十分な部分を指摘する、といった調子です。プトレマイオスは、ピュタゴラスによる全音の比、8:9を要所で用いています。
 また、「テトラコルドレベルで思索した」のはなぜかについてですが、その思索の枠組自体は、古代ギリシアのアリストクセノスから引き継いだ準拠枠なのだと思います。その枠組内で、アリストクセノスを批判しつつ、ピュタゴラスを部分的に用いつつ、自らの考察を展開したのでしょう。
 したがって、プトレマイオスにとって全音階は、必要に応じて使う道具だったのではないでしょうか。
 オクターヴの音組織については、アリストクセノスも、プトレマイオスも、テトラコルドを(間隔を置いて)接続して考察していますから、ルネサンス期の純正律に相当する音律も論理的にはできそうですが、プトレマイオスの射程がどこまで届いていたかは、私にはよくわかりません。
(参考:アリストクセノス/プトレマイオス、山本健郎訳『古代音楽論集』京都大学学術出版会、2008年)




森さちや | URL | #T2ep3i7I

2016/03/06 12:20 * edit *

ありがとうございました。

ありがとうございました。

 テトラコルドの最高音程である4/3音程が4度と名づけられているので、3度についての意識はあり、それが、ディデュモスにおいて5/4
音程になっているのを、自分でも全音分割では同じ5/4音程の主張になっているのに、批判しているように思えますね。すると5/4を純正とする意識が低かったかもしれませんね。プトレマイオスは全音分割よりもハルモニア分割を好んでいたようですし。

DELAZZA | URL | #-

2016/03/09 14:46 * edit *

Re: コメントありがとうございました。

 
 確かにご指摘のとおり、プトレマイオスがディデュモスに対して行っている批判の部分(『ハルモニア論』第2巻第13章)は、プトレマイオスと純正律との関係を考える上で、悩ましいところだと思います。

森さちや | URL | #T2ep3i7I

2016/03/11 09:57 * edit *

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