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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

音楽を分類すること 

Posted on 10:03:30

 
 今日、音楽は、クラシック、ジャズ、ロック、などと、おもに演奏形態の違いによって分類されています。その分類の意義は、便宜的なものです。たとえば、CDを購入しようとしている人が、自分の望みの音楽にたどり着くための指標となればよく、学問的に厳密で精緻な分類を目指しているわけではありません(ジャズとロックの中間種をどう分類するかに関する論争は通常は起こりません)
 つまり、今日行われている音楽の分類(分野分け)は、「手段」であり、それ自体は「目的」ではない、ということです。
 ところが、音楽の歴史を遡ってみると、音楽の分類自体に重要な意義を見出していた人々の系譜が存在します。

 
 キルヒャーとボエティウスの音楽分類
 
 たとえば、17世紀、バロック音楽の時代に、アタナシウス・キルヒャーという数学者で音楽理論家でもあったドイツの博物学者がいました。彼の分類は、単なる便宜としての、手段としての分類には見えません。そこには、分類することを通して何かを示したい、という意志を感じます。
 キルヒャーが行った、音楽の分類を紹介します。
 
 【キルヒャーによる「ムジカ」の分類】
 
A.ムジカ・ナトゥラーリス(自然の音楽)
 (1) ムジカ・フマーナ(人体の音楽)
 (2) ムジカ・ムンダーナ(天体の音楽)
 
B.ムジカ・アルティフィカーリス(人工の音楽)
 (1) ムジカ・ハルモニカ(理論的音楽)
  ・シュンフォニウルジア(協和の音楽)
  ・コルドソフィア(和音の叡智)
  ・ムスルジア・ミリフィカ(妙なる音楽)
 (2) ムジカ・オルガニカ(実践の音楽)

 
(西原稔・安生健『アインシュタインとヴァイオリン』ヤマハミュージックメディア、2014年、p.190より引用、ABと(1)(2)は、森がつけました)
 
 このキルヒャーの分類は、6世紀のローマの音楽理論家、ボエティウスによる音楽分類を、細分化したものといえます。
 ボエティウスは、音楽を3種に分類しています。
 
 ・ムシカ・インストゥルメンタリス(被造物の音楽)
 ・ムシカ・フマーナ(人間の音楽)
 ・ムシカ・ムンダーナ(天体の音楽)

 (同書、p.172、表記は同書に従う)
 
 ボエティウスの3分類と、キルヒャーのB・A(1)・A(2)が対応しています。
 キルヒャーは明らかに、ボエティウスの音楽観を引き継ぎ、その内容を精緻化した、と見ることができます。
 西原氏の解説によると、人間の音楽とは、人間の身体の調和を意味し、天体の音楽とは、宇宙の星々の運行とその調和を指す、ということです(同上)
 今日の、Jポップ・ヒーリングミュージック・フリージャズ、といった分類は、キルヒャーのB(2)の「実践の音楽」の下位分類に相当することになるでしょう。
 
 キルヒャーもボエティウスも、人間が歌ったり奏でたりする音楽のみが音楽だ、とは考えていなかったのがわかります。彼らにとって、音楽とは「調和」的世界全般だったと思われます。
 人間における人体や精神の調和、自然界の四季の移り変わりや宇宙の運行における秩序、それらが皆、「ムジカ」であったのです。
 したがって、これらの分類は、便宜的なものではなく、「世界の調和」の内実を提示する、という目的を実現すべくなされたものでありました。
 つまり、分類自体が目的だったといえます。
 分類を提示することにより、「調和」の観点から浮かび上がる世界構造を開示させること。
 こうした構想が両者にはあったであろうと想像できます。
 
 アリストテレスの学問観の影響
 
 この「分類による世界の開示」と要約できる学問観は、おそらくはアリストテレス由来のもので、キルヒャーは中世のスコラ哲学経由で、その学問観を引き継いだと思われます。
 自然哲学者でもあったアリストテレスは、分類が得意で、当時としては追随を許さない見事な動物分類を行ったり(鯨類を哺乳類の近縁に位置づけています)、力学においては運動の分類を行ったり(天上界の円運動、月下界の上下運動など)していました。
 アリストテレスにとって、さらには彼を引き継いだ古代・中世の学者にとって、世界を理解するとは、分類して、適切な場所に位置づけること、であったのです。
 科学史家のピーター・ディアは、「分類箱から世界は成る」と表現しています。
 (ピーター・ディア、高橋憲一訳『知識と経験の革命』みすず書房、2012年、p.26)
 
「アリストテレスの世界観というのは、世界をひとつの分類体系と見るのであり、そこではあらゆるものに対してひとつの場所が与えられている。世界の真に哲学的な知識とは、あらゆるものをその場所に位置づけることである」(同上)
 
 「分類による世界理解」という枠組を、浩瀚な知識を持つ博物学者であったキルヒャーは、17世紀においても引き継いでいました。
 キルヒャーが音楽の分類を通じて示したかったのは、動物・植物・自然界・天体といったあらゆる存在物のさまざまな階層に到るまで、人間の奏でる音楽から類推される調和的秩序が遍在している、という世界観であった、と私は想像しました。
 「音楽を分類すること」とは、「世界の調和的秩序を開示すること」であったのです。
 
 
 最後に、ボエティウスの印象的な文言を引用しておきます。
 (孫引きです。ラテン語のテキストの英語訳を、森が日本語に訳してみました)
 
「宇宙の魂は、音楽的調和によって統合されている」
(T. Levenson, Measure for Measure: A Musical History of Science, New York, 1994, p.43)
 
 この世界に存在するすべてのもの・すべての事象には秩序が内在しており、それらを音楽的調和が貫通している――
 ボエティウスの言葉は、こうした古典的秩序・調和の思想の表明といえます。

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