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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

価値観の複層化にまつわる余談 

Posted on 11:18:17

 
 前回、<価値観の複層化―近代合理主義の価値観は方便―>と題するブログ記事を書きました。
 そこで論じたキーワード、「精神の複層化」「価値観の複層化」という言葉が私に到来してきた2年前のことを、当時のメモを頼りにお話します。
 ブルックナーと松本市の話です。
 
 
 「精神の複層化」という言葉は、2012年3月10日に、ブルックナーの交響曲第7番の第2楽章を聴いているさなかに到来してきました。
 この交響曲は、凝ったペルシアじゅうたんのような壮麗な音のタペストリー、あるいは音楽の曼荼羅のような曲です。副旋律が幾重にも織り込まれている、立体的な音の網なのです。
 つまり、“複層的”な曲なのです。
 その頃は、しばらくブルックナーを聴く気にならないでいたのですが、その日はなぜか、聴くべきときがきた、と感じて聴き込んだら、曲の構造と類比的なアイデアが降って来たのでした。
(聴いたCDは、H.ブロムシュテット指揮、ドレスデン・シュターツカペーレの演奏)
 交響曲の副旋律が絡まりつつも調和するように、精神の在り方、価値観の持ち方を多重的、かつ包摂的に成熟させていきたい。
 おそらく、そのときそのように感じ、考えたのです。
 
 「精神の複層化」と「価値観の複層化」という言葉を書き留めて、気づいたことがありました。
 以前から私は松本の街に惹かれていたのですが、その理由を「複層」という用語でより的確に表現できるようになったのです。
 松本が、複相都市(空間的)であるという認識はそれ以前からあったのですが、さらに、複層都市(時間的・精神的)でもある、と了解できたのです。
 松本市は、松本城や蔵の町並み、民芸家具や人形など、昔ながらのものが大事にされている一方、パルコ周辺や松本市美術館のような現代的なものも、ごく自然に共存している、不思議な魅力のある街です。サイトウキネン・オーケストラの拠点であり、音楽・芸術文化の発信地にもなっています。
 文化的水準が高く、現代的・西洋的価値観と、古来からの東洋的価値観とをともに尊重しているように感じます。
 歴史が複層的に町の随処に折りたたまれており、それが街の人々の精神にも浸透しているようです。
 市街の随所に、井戸・湧水があり、街の人々が飲料水などに利用すべく、汲んでいきます(ホテル花月の大浴場では、その水を用いているそうです)。深層の地下水脈を尊重する姿勢は、松本の「複層性」の象徴のように思われます。
 「複相都市」かつ「複層都市」とは、そうした意味です。
 この街を歩くと、私は心地よく共振しているように感じることがあります。
 私にとって、精神の古層の想念を喚起してくれる街なのだと思います。
 松本は、交響曲の副旋律が共鳴するような街なのです。
 

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