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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

パスツールの亡霊―撲滅と共存― 

Posted on 09:34:19

 
「パスツールの亡霊が医学界をさまよう」
 これは、夏井睦さんが指摘された、刺激的なコメントです。
 (『傷はぜったい消毒するな』光文社新書、p.99)
 医療現場における、過剰なまでの消毒への信仰を揶揄した言葉です。
 この“亡霊”は、近代社会の暗黙の価値観とも繋がっている、と私は感じました。
 そのことを、今回は語ってみます。

 
 
 パスツールは、19世紀を代表するフランスの生物学者です。
 発酵・腐敗の研究を行い、微生物(細菌)が発酵に関与することを突き止めました。また、「白鳥の首実検」により、一見、自然発生に見える現象も自然発生ではなく、微生物が原因であることを明らかにしました。さらに、ワクチンの開発も行いました。
 つまり、パスツールは、微生物がらみの研究を生涯のテーマとしていたのです。
 私は毎年、「科学史」という授業で、上記のような内容の講義をしてきたのですが、現代の医療に対するパスツールの“負の”遺産までは思い至りませんでした。
 夏井氏の指摘に、眼を開かされた思いがしました。
 
 「パスツールの亡霊」とは、
(1) [細菌=病原菌=人類の敵]という思い込み
(2) 「感染を抑える」=「消毒で細菌を殺す」という盲信
 この2点をベースとした、医療現場の枠組のことです(pp.99-102)
 感染対策には、消毒が必要不可欠である、という信念が、ここから導かれていました。
 ところが、近年の微生物研究により、細菌と動物や植物は、「共生」関係を構築しており、必ずしも排除すべき敵ではなく、共存すべき相棒であることが明らかになってきました。
 人間も、おなかの中の腸内細菌や、皮膚上の常在菌などのお世話になっています。
 一方、消毒薬には深刻な副作用があります。
 消毒薬の主作用は、細菌のたんぱく質を変性させて殺すことですが、たんぱく質を変性させるということは、人の細胞も同時に殺さざるを得ないわけです。そのため、傷を深くしてしまいます。消毒薬がピリピリすかんじるのは、自分の細胞が攻撃されているからであり、夏井氏は、「傷の熱湯消毒と変わりない」(p.76)と言っています。
 しかし、傷口の化膿を防ぐためには、消毒せざるを得ないのではないか、との反論もあるでしょう。
 それに対しては、夏井氏は、次のように答えます(pp.108-116)
 細菌が存在することは、化膿するための十分条件ではない。化膿するためには、細菌が増殖できる条件が必要であり、その条件がそろわない限り、化膿は起こらない。
 その条件とは、血種のような、水分と栄養分に富み、かつ、血流がなくマクロファージ(貪食細胞)が入り込まない環境条件、ということです。
 具体例として、「切れ痔」が化膿することがないのは、多量の細菌にさらされるにもかかわらず、細菌が増殖できる条件がそろわないから、という指摘をしています。
 細菌はどこにでもいます。感染・化膿対策としては、消毒による細菌の撲滅ではなく、細菌が増殖する条件がそろわないようにする、というのが、夏井氏の考え方であり、治療指針のようです。
 
 このような、「パスツールの亡霊」に対する見方には、私も深く共感しました。
 そして、こうした構造は、19世紀当時から現代に至る、西欧社会の価値観が反映しているであろう、と見当をつけました。
 [細菌=病原菌=人類の敵]という信念は、人類を取り巻く自然環境を人間の意のままにしようとするコントロール願望の一変種でしょう。
 自然との対決姿勢、自然を破壊してでも支配しようとする意志。当時のアジアやアフリカに対する植民地支配とも通底する暗黙の価値観が、細菌に対しても適用された、と理解できます。
 本来、共存すべき、自然環境や他民族に対して、敵対的視線・征服的姿勢をとってしまう、近代の視座構造が、微生物に対しても発揮されていたのでした。
 微生物とのかかわりに関しては、夏井氏の提案どおり、細菌との共存できる条件を探る、というのが基本原則となるでしょう。
 そうであるならば、自分たちの意に沿わない存在を撲滅する、という近代の暗黙の価値観、もはや通用させるべきでない価値観を転換する方向性もまた、自然や他民族との「共存可能な条件を探る」ということが、基礎となるはずです。
 われわれは、「共生」、「利他的行動」といった意識を自覚し、身体化していくことが望まれるでしょう。
 「共生」や、「利他的行動」といった、大乗仏教思想と共鳴する意識の在り方が、近代的価値観の超克には要請される、と私はかねがね考えていました。
(この論点に関しては、回を改めて論ずる予定です)
 その私の見解と、夏井氏の立場は照応している、と感じたのでした。
 
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ジャンル - 学問・文化・芸術

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