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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

自然の再活性化と生きる意味―略画的世界観の復権― 

Posted on 17:19:06

 
 近代科学の描く世界像は、「死物化した自然」だと、大森先生は語ります。そして、その自然を活物化していく道筋を、探っています(大森正蔵『知の構築とその呪縛』ちくま学芸文庫)
 今回は、大森氏の議論を踏まえた上で、近代科学的自然観の相対化(複層化)が拓く展望の一局面を考察してみようと思います。

 
 
 密画と略画の重ね描き
 
 17世紀の科学革命以降の近代科学の進展に伴い、科学が描写する世界像が、より詳しく、精密になってきました。この事態を、大森氏は「密画化」と呼びます。
 それ以前の、「世界をおおよそに描写して細部に留意しない世界像」を、「略画」と規定して、古代・中世から近代的世界観への転換を、「略画的世界観の密画化」と捉えています(同書、p.17)。略画は、近代から見ると、呪術的・神話的・アニミズム的世界観といえるものでありました。
 この密画化による精度の向上は、単なる量的変化のみならず、宇宙観や宗教観の転換・崩壊を招き、世界の「数量化」を必然的に引き起こしました。
 そして、この過程で、デカルトやガリレオは「根本的誤解」を犯してしまった、と大森氏は言います。その誤解とは、次の通りです。
 
(1) 世界の究極の細密描写は幾何学・運動力学的描写である。そしてそれが世界の「客観的」描写である。
(2) それに対して、色、音、匂い、手触り、等の描写は客観的世界そのものの描写ではなく、それが個々の人間の意識に映じた「主観的」世界像の描写である
(p.127)
 
 この誤解が、略画的世界観が持っていた「活物自然と人間との一体感」を抹殺していった、と考えています。
 略画的世界観から密画的世界像への進展とともに紛れ込んでしまった、「物的自然の死物化」と「心の働きの主観化・内心化」、「自然と内心との分離」が、科学者のみならず、現代人の思考と感性の基本枠になってしまっている、それは「デカルト的二元論の呪縛の結果」だ、と大森氏は捉えています(p.235)
 確かに、この世界の在り方を、原子、あるいは素粒子の振る舞いの総体として捉える見方は、日常的な感覚や、心の動きとはあまりに隔絶した世界に映ります。そして、科学的認識とは前者の世界把握であって、後者の感覚や感情を含んだ世界観は、科学の立場からは“主観的”“前近代的”“非科学的”などの烙印を押され、克服すべき迷信のように扱われがちでした。
 ところが、大森氏によれば、「密画化によって略画的感性が克服されるべき運命にあったと考えるのは間違い」であり、「略画的感性は近代科学による密画化に伴いうるもの」なのです(p.236)。密画と略画とは、共生しうる、と言うのです。
 数量化された死物化した世界、というのは、ひとつの見方であって、他の見方を全面否定できるわけではないでしょう。その近代科学的世界像に、常識的な活動的自然の世界を重ね合わせてみることもできるでしょう。
 それが、大森氏の提案なのです。
 
「物と自然は昔通りに生きている。ただ現代科学はそれを死物言語で描写する。だがわれわれは安んじてそれに日常語での活物描写を『重ね描き』すればよいのである」(p.237)
「略画的世界観がもっていた、活きた自然との一体性という感性は密画化によって失われる必要がなかった」(p.18)
 
 科学的な地球大気の描写と、「陰うつな空」という感情描写とは、おなじ事態を捉えたふたつの見方ということです。
 そして、この「重ね描き」を知覚以外の心の働き(感情、想起、意志、等々)にも適用していけば、「結局、『心』と『自然』とは一にして同一、ということになる」(p.18)、あるいは「『心の働き』といわれているものは実は『自然の働き』」(p.238)という大森哲学に辿り着きます。
 つまり、「重ね描き」によって、活きた自然と心との一体性を復元できる、と主張しているのです。
 個人の主観的領域に誤って封じ込められた、感情や心の働きを、世界に立ち現れた動向として了解できるようになるからです。
 「私と自然とは一心同体」(p.238)なのです。
 「陰うつな空」には、自然から分断された私の内心や、対象化された無機的大気、といった区分は存在せず、分別されない<私=自然>が陰うつな状態にある、ということなのでしょう。
 そのように了解できるならば、「空や庭は有情のものであり、……心的なもの」(p.237)なのです。
 
 精神の複層化
 
 さて、ここから先は、私なりの考察をつけ足していきます。
 「重ね描き」の本質は、近代科学的世界像(=密画)を唯一の正解とするのではなく、ひとつの物の見方と捉えて、異なる世界観との共存を許容する、というところにあると思います。
 知らずのうちに身に付けてしまった、拘束力のある「密画的」世界像は、相対化しうるし、複層化しうるのです。
(複層化とは、おなじ事態を同時に二つの異なる見方で了解できることを指しています)
 表層的な近代科学的世界像の背後に、あるいは基底に、人類が古来、馴染んできた世界観が存在していることを確認しよう、と大森氏が言っているように私には思えました。
 世界を、素粒子や電磁波やエネルギーの交錯する数値で表現される、生命の感じられない世界として捉える見方が一方であります。でもこれが唯一絶対の世界像ではありません。
 この世界像は、より詳細に、具体的に、世界を描写していきますが、こちらは、あくまで科学的視点から見た“事実”を「説明」しているだけなのです。この世界からは、人間的な「意味」が剥奪されています。むしろ、人間的な内容が入り込まないように、科学的世界像が周到に設計されている、と言った方がよいかもしれません。
 それゆえ、「密画」のみでは、人は干からびてしまうでしょう。
 また、数量化された死物的世界像は、近代合理主義と相性がよく、対象化された自然をコントロールする思想を助長するでしょう。開発や経済成長が暴走している現代世界の諸問題の根幹に、この世界認識の問題が多少なりとも絡んでいるのは間違いないように思われます。
 それに対して、「略画的」世界観は、人類の精神の古層に脈々と受け継がれている世界把握であり、自然と人間との関係や、人間本来の生き方などを示唆する、「意味」を濃密に含んだ世界観でありましょう。
 神話的・呪術的などと評され、近代科学が排除しようと努めてきた世界観です。
 しかし、こちらの「略画」には、「密画」にはないものがあります。それは、「了解」であり、「意味」であります。
 なぜ世界が存在し、いま自分がここにいて、何のために生きているのか。
 こうした問いに対しては、世界の事実や理論に対する「説明」を繰り広げる「密画」は無力でしょう
 たとえば、ビッグ・バン以降の宇宙・地球・生命の歴史は、科学的世界像としては、物質の偶然の連鎖として「説明」されます。そこからは、存在や生命に関して、知的理解としての「理屈」は読み取れるかもしれませんが、実感としての「了解」や「意味」を汲み取れるわけではありません。
 存在の意味、生きる意味は、太古からの人類的世界把握の中で、了解され、引き継がれてきたはずです。そして、そうした世界観をわれわれはおそらく精神の古層に抱え持っていて、その領域から生命力や生きる意欲を汲み上げているように私には感じられます。
 そのような、自然が生き生きと活動している世界観を重ね描くことにより、「意味」は自ずと感じられてきます。
 したがって、私の観点からは、「重ね描き」とは「人間精神の古層を想起すること」と言い換えることができます。
 それによって、息苦しい西欧近代の価値観に染まった世界で何とか溺れずに生き延びることができそうだ、と私は感じるのです。
 現代社会において、近代的な「密画的」世界がもたらしたさまざまな恩恵や害悪を部分的にでも排除するのは困難かもしれません。しかし、その世界像を、歴史・社会的な産物、選択肢のひとつとして相対化し、自己の精神における影響力を軽減することはできるでしょう。この世界観の転回が進めば、自ずと、抑圧され、忘れられていた太古からの「略画的」世界観が甦ってくると期待できるのではないでしょうか。
 こうした志向性を、私は、「精神の複層化」と名づけてみました。
 
 科学的理論の中には、例外的に、「意味」を匂わせるような、気宇壮大な学説が登場することがあります。たとえば、19世紀のヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」という反復説がそうです。この学説は、むしろ、「略画」として、大局的把握として理解するべきもののように私には思われます。また、そうした性質を内包しているため、この学説は科学者から批判の集中砲火を受け続けてきました。近代科学の「略画」嫌悪症の表れかもしれません。
 

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