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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

モーツァルトの指針に基く論文や授業 ―表現活動の要諦― 

Posted on 16:20:04

 
 私は研究者として、論文を書きます。また、教員として、授業を行います。
 論文書きにも、授業にも、共通する指針を私は持つようになりました。
 その指針は、モーツァルトから学んだものです。

 
 
 モーツァルトは、作曲の際、音楽をあまり聴かないような人々にも、理解され、気に入ってもらえ、かつ、音楽“通”の聴衆たちにも、退屈せず、納得してもらえる作品を、思い描いていたようです。
 レベルを下げずにわかりやすく表現する、ということでしょう。また、聴衆に対する敬意を持つ、という意味もあるでしょう。高水準のものを、より多く人々に伝えたい、という願いでしょう。
 日曜作曲家としてモーツァルトを師匠と仰ぐ私は、当然のことながら、これを作曲指針のひとつとして活かしているつもりです。そして、このことは、表現活動一般に適用できることだと認識するようになりました。
 
 学術論文は、自分の専門とする分野の特定のテーマについて、掘り下げた探究を行った成果ですが、その成果を読者に何とかして伝えようと思うと、上記のモーツァルトの指針に基づいた論文の書き方に必然的になっていきます。
 論文は、専門以外の人で、ある程度の素養のある人にも理解されなくては、社会的意義は生じないのではないでしょうか。
 したがって私は、大学生程度の理解度と背景的知識を有する読者を念頭において、論文の構成を考え、文章を練っていきます。そして、その論文の専門分野内での位置づけだけではなく、学問分野全般とどのように関連し、人間や社会の理解にどのように貢献するのかが見えてくるような、目配りを心がけています。
 幸い、論文「ラマルクとベートーヴェン」「17世紀前半における、近代科学の確立とバロック音楽誕生の共通構造」は、専門の異なる研究者や、学問に無縁の方からも、興味を持ってもらえました。
 
 大学の授業では、授業にあまり乗り気でなさそうな学生にも興味を持たせ、理解してもらい、なおかつ、一部の勤勉で優秀な学生にも飽きさせない講義を目指しています。
 まずはわかりやすさ優先で、授業の大きな流れとその回で一番伝えたいことを明確にしておきます。その上で、ところどころ、やや高度な内容のトピックスを隠し味程度に織り込みます。
 この方針で、大人数教室での「人間と科学」「現代科学論」の授業に関しては、一方通行の授業にもかかわらず、学生の反応は良好と感じています。
 
 「表現する」ということには、他者への「贈与」の意味合いが濃厚にあります。
 聴き手や読み手や学生たちに対する敬意を欠かさないことが、何かを伝える際の重要な心構えでしょう。
 作曲でも論文でも授業でも、自分が言いたいことばかり主張すると独りよがりになってしまい、コミュニケーションがうまくいきません。
 そのようなことを勘案して、大きな全体の脈絡を理解してもらった上で、その内部構成を提示し、その細部の布置の中に大事な事柄を盛り込んでいく、というやり方を私は採るようになったのです。
 このことは、他者に対する表現活動の要諦であると思います。
 

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