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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

逆境を楽しむためのヒント―老荘と仏教より― 

Posted on 16:01:33

 
 前回のブログ記事では、「逆境を楽しむ」というテーマで『荘子』の言葉を紹介しました。
 その語句は、逆境下でどのような心身の構えを持っていたらよいのか、という点に関して効果がある、ということ、「楽しむ」という構えからは、批判的ではなく受容的な精神の在り方が導かれること、をお話しました。
 今回は、その構えを引き出すためのいくつかのヒントを、私が思い当たる範囲で、書き記してみたいと思います。
 
 
 まず『老子』より。
 『老子』の書物の中に何度か出てくる、有名な「足るを知る」という言葉は、逆境、災難にあった状況下においても効果を発揮するでしょう。
 ガツガツ生きない、バランスを考える、損得勘定に囚われない、といった含意のある言葉だと思いますが、病気になったときや、災害に遭ったときにも、自分に言い聞かせる薬となる言葉です。
 要求水準を「とりあえず今日一日を何とか生き延びられればいい」としてしまえば、焦ることもなくなりますし、不満も少なくなります。逆境をも楽しめるかもしれません。
 
 続いて、『荘子』養生主篇より。
 時の流れや自然の流れを感じて、その潮流にゆだねれば、安らかに生きられる、といった趣旨の言葉が、『荘子』の中にはしばしば見られます。その一例として、養生主篇から引用します。
 
「時に安んじて順に処れば、哀楽も入る能わず」
 (金谷治訳注『荘子 第一冊』岩波文庫より、p.98)
 
 この書き下し文の現代語訳を、金谷さんの補充部分を含めて、引用しておきます。
 
「めぐりあわせた時のままに身をまかせて自然の道理に従っていくということなら、〔生まれたからといって喜ぶこともなく、死んだからといって悲しむこともなく、〕喜びや悲しみの感情が入りこむ余地はない」
 (同書、p.100)
 
 逆境下においては、ムキにならずに、その状況を冷静に受け容れて、その状況を味わう、ということになるでしょうか。
 災難にあっても、穏やかな心を蘇らせてくれる言葉です。
 
 最後に、原始仏教の根本思想より。
 仏教の基本的考え方の一つに、「苦しみの原因を理解する」ということがあります。
 「生・老・病・死」に付随する、あるいはそれ自体の苦しみは、自分ではどうすることもできません。そして、「思い通りにできないこと」を「思い通りにしようとしたがる」ところに、苦しみが生まれる――このように、私は理解しています。
 つまり、意識的自我の蠢動こそが苦しみなのです。
 災難自体よりも、災難を脱しようとしてあれこれ悩んだり、今後の不安に恐れおののいたり、それまでの成り行きを後悔したりする精神活動のほうが、延々と続く苦しみとなってしまいます。
 災難にあったときには、災難にどっぷりと浸かろう。
 じたばたとあがくこと自体が苦しみなのだと了解しよう。
 「思い通りにできないこと」を受け容れよう。
 精神の平和が訪れます。
 
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