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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

論文「ラマルクとベートーヴェン」の要旨と本文(その3) 

Posted on 18:27:02


(その1)(その2)からの続きです。
 
 この論文の第5節では、ラマルクとベートーヴェン代表作に見られる類似性が、単なる個別的事例ではなく、当時の科学史と音楽史の並行性の代表例であることを示します。
 

 第6節では、この論文の総括をします。
 
 
(その1)(その2)と同様に、この論文の第5節と第6節の要旨を紹介していきます。
 

 また、付録として、対応する論文の文章を、掲載しておきます。
 

 興味ある方は、ご笑覧下さい。

 
 要旨
 

 5.18・19世紀に見られる科学史と音楽史の並行性
 

 自然科学の歴史においては、19世紀初頭を境に、自然観や探究目標が大きく変遷しています。18世紀後半は、自然の“秩序”的側面が重点的に探究された時代でありました。ところが、19世紀とくに中葉は、自然に内在する“エネルギー”的側面に注目が集まり、さらに自然に歴史的視点が導入され、新たな方向へと自然を探究していった時代となりました。
 自然観は、より“動的”なものへと変遷していったといえるでしょう。
 
 同時代の音楽史では、整然とした形式的秩序を重視する古典派の音楽から、世界の生成・発展的様相を表現し、エネルギッシュな躍動の側面を中心的主題とするロマン派の音楽へと、変貌を遂げていきました。
 こちらもやはり、より“動的”なものへと変遷していったといえます。
 
 このように、この時代において、科学史と音楽史の2分野の自然観・音楽観の変遷には、顕著に相応する類似性が見られます。その類似性とは、「秩序からエネルギーへ」と要約できるものです。
 ラマルクとベートーヴェンは、この共時的変遷の前後両面の要素を併せもっているのです。
 
 
6.まとめ
 

 ラマルクの『動物哲学』と、ベートーヴェンの≪運命≫、この両者はともに、秩序的世界の枠組の中に、発展的世界観を盛り込んだ作品といえます。
 これらの代表作に見られる類似性の背景には、当時の時代状況―啓蒙思想やフランス革命―からの相似た影響があったと考えられます。
 そしてこの類似性は、当時の科学史と音楽史の並行性を象徴する代表例でありましょう。

 


 論文の対応する部分

 

(森幸也「ラマルクとベートーヴェン」『生物学史研究』No.75 に所収)

 
 5.18・19世紀に見られる科学史と音楽史の並行性

 
 ラマルクとベートーヴェンの代表作に見られる類似性は、単なる個別的事例ではなく、当時の科学史と音楽史の並行性の象徴でもある。この二人だけではなく、この時代、18世紀後半から19世紀にかけての二つの分野の趨勢には並行進化的類似性があった。その類似性は、<秩序からエネルギーへ>と要約できるものである(38)。そのことをこの節では確認していく。
 まず、科学史の趨勢を概観してみよう。
 音楽史の「古典派時代」に相当する時期(1750-1810頃)の、自然科学での代表的成果を、諸分野から挙げてみる。天文・物理関連の分野での最大の達成は、ラグランジュやラプラスによる古典力学の完成であろう。化学では、ラヴォアジェによる質量保存の法則と近代的元素観の確立、ドルトンやプルーストらによる原子仮説とそれに関連する諸法則を挙げられる。動物学・植物学関連では、リンネやジュシューらによる近代分類学の確立が最大の成果であった。
 当時の自然科学の諸分野の動向には、自然探究への視座にある種の共通する方向性があると思われる。それは、自然の空間的秩序を重視する姿勢である。自然に内在する活力的要因に気づき始めつつも、まだそれが作用する場である機械的構成空間の秩序の探究の方を優先している情勢、これらが当時の時代の大きな趨勢を形作っていたと考えられる。
 これに対し、「ロマン派時代」に相当する時期(1810-1890頃)には、自然科学の状況は相当変化していた。19世紀中葉に達成された業績を振り返ってみよう。物理における最大級の事蹟を二つ挙げれば、熱力学という新分野の確立と、やはり新分野の電磁気学の確立、であろう。生物学では進化論が登場し、生命を歴史的視座のもとで捉える方法が出現した。これらの分野はどれも、18世紀まではほとんど探究の光が当てられていなかったが、19世紀に急速に開花したものばかりである。自然の新たな領域の存在に気づき、その新たな側面にも探究の手を伸ばすようになったのである。
 「エネルギー」の概念を確立し、自然界が目に見えない活力的なるもので覆われていることを理解し始める一方、自然界の歴史性にも気づき始めた。こうして、19世紀に特有の動的自然観、活力に満ちた自然、歴史的発展・生成過程としての自然像が優勢となっていった。自然の新たなる側面が顕在化し、そこにエネルギーや歴史を読み取っていったのである(39)
 このように、自然科学の歴史においては、19世紀初頭を境に、自然観が大きく変遷していることを見て取ることができる。18世紀後半は、自然の“秩序”的側面が重点的に探究された時代であった。ところが、19世紀とくに中葉は、自然に内在する“エネルギー”的側面に注目が集まり、さらに自然に歴史的視点が導入され、新たな方向から自然を探究していった時代であった。自然観は、より“動的”なものへと変遷していったといえる。
 次に、同時期の音楽史の動向を確認しておこう。
 古典派時代に達成された最大の成果はおそらく、古典的交響曲の様式の確立であろう。これには、直接的、間接的に関与したいくつもの音楽史上の展開があったが、とりわけ注目すべきものは、ソナタ形式の確立である。
 ソナタ形式は、提示部・展開部・再現部とさらにそのそれぞれの内部構造を有する、緊密に構成された秩序の形式である。この形式が、古典派時代の音楽の均整の取れた秩序だった様式美の源泉のひとつとなった(40)
 さらに、ハイドンによって形成された古典派の交響曲では、各楽章が採るべき形式や性格の大枠が決まっていった(41)。このため、古典派の音楽は、整然とした形式の中に納められた秩序を重視する印象を与えることになる。
 これに対し、ロマン派の音楽はどのように変わったのだろうか。
 ロマン派音楽は、当時のロマン主義の文化的潮流と連動しつつ成長していった。思想的には、ドイツ自然哲学に典型的に見られる「発展」の思想の影響が大きいと思われる。世界は能動的に自ら発展していく。この有機体的世界観を見事に音楽作品に結実させていったのが、一連のドイツ・ロマン派の作曲家たちであった。
 たとえばブルックナーの交響曲は、19世紀的な世界観を反映した音楽の代表的存在とみなせる。もはや強調点は世界の秩序にはなく、彼の音楽世界は生成・発展するエネルギーの流れである。
 ロマン派の交響曲は、必ずしも古典派の形式を崩してしまってはいない。基本的にはソナタ形式が守られ、また、長調・短調の調性と機能和声の枠内にある。19世紀末から始まる調性放棄の前兆もないわけではないが、音楽の美意識は、調性支持にあったと見てよいだろう。その意味で、ロマン派は古典派と枠組みは共有していた。
 大きく変貌を遂げていったのは内容である。動機をもとに論理的に曲を構築していく傾向の強い古典派に対して、流麗な旋律をもとに情緒的に色彩豊かに曲が展開されていく傾向がロマン派には強い。モーツァルトの≪ジュピター≫交響曲のような整然とした構築物を連想させる要素は少なくなり、音楽における「流れ」が重視され、音楽とは絶えざる「発展」であり、「生成」そのものを表現する最適の芸術と考えられるようになった(42)。不可逆的な歴史性を織り込むようになった、ともいえる。
 また、標題音楽の隆盛や、交響詩の出現も、ロマン派音楽の方向性を暗示しているようである。ある具体的なイメージに対して、あまり形式にとらわれずに、内在する激情や絵画的表現や世界の生成発展を具現する様式となった。
 ロマン派全体の動向としては、世界の秩序性はもはや強調されず、宇宙や生命の生成・発展の不可逆的時間の流れの側面、エネルギッシュな躍動の側面が中心的主題となり、それを表現する様式が伴って開発されていったのである。
 このように、音楽史でいう古典派からロマン派への時代において、科学史と音楽史の二つの分野の自然観・音楽観の変遷には、顕著に相応する類似性が見られる。その類似性は、<秩序からエネルギーへ>と要約できるものである。
 ラマルクとベートーヴェンは、この共時的変遷の前後両面の要素を併せもっている。さらに両者とも、この変遷の動向を推進する役割を結果として演じた。その意味でこの二人は、こうした自然観の変遷や音楽観の変遷の、転換点に位置づけられる象徴的人物といえよう。
 
 6.まとめ
 
 ラマルクの主著『動物哲学』と、ベートーヴェンの代表的交響曲≪運命≫、この両者はともに、秩序的世界の枠組の中に、発展的世界観を盛り込んだ作品である。
 ラマルクの『動物哲学』での最大の目標は、動物の自然分類の体系構築であった。この問題意識は、18世紀的な啓蒙期の体系の精神を受け継いだもので、リンネらの目標を共有していた。だがラマルクは自然の秩序を静的なものとは捉えず、むしろ自然を動的な生成と捉えていた。そのため、現在の秩序の体系を理解するために、過去の自然界の発展的変化の観点、すなわち、歴史的視点を導入した。これが『動物哲学』の世界観の特質である。換言すれば、ラマルクは旧来の時代の目標を実現するために、19世紀的な動的発展・生成の世界観を持ち込んだといえる。
 このように、論理的には両立しがたく、対立しかねない二つの世界観が、ラマルクの中では共存していたのであった。
 一方、ベートーヴェンの≪運命≫交響曲は、基本的枠組みとしては、古典派の交響曲の形式、ソナタ形式や、4楽章が基本となる多楽章形式を引き継いでいる。だが、≪運命≫の第1楽章のソナタ形式は、実質的に二つの展開部を用意して、楽想の展開をより充実させ、形式を守りつつも、それに発展的要素を大幅に導入したソナタ楽章となっている。また、多楽章形式に関しても、形式を踏まえつつも、いくつものレベルで楽章間の関連性が強められている。その結果、この交響曲は、生成発展する統合的有機体の性格を有するものとなった。
 ソナタ形式の内実の変容と、4楽章形式の有機的統一化の方向性に共通していえることは、ベートーヴェンは伝統的な秩序だった形式を基本的には守りながらも、生成・発展的要素を強烈に加味しようとしていた、ということである。
 ≪運命≫に見事に表現されたこの志向性-形式と発展の両立-こそが、古典派からロマン派への移行期の人物とみなされるベートーヴェンの音楽観の顕著な特徴であろう。古典派的な形式的秩序と、ロマン派的な発展的生成が、ベートーヴェンの内部では共存していたのであった。
 両者のこうした類似性の背景には、当時の時代状況からの相似た影響が考えられる。
 18世紀の啓蒙期の理念をある程度共有していたのみならず、フランス革命の余波を両者とも受けた。具体的な影響内容は必ずしも同じではないし、活躍の場も二人は異なっていた。だが、ラマルクとベートーヴェンが当時のヨーロッパの知的雰囲気を多少とも共有し、さらに社会の変動に左右されたことは疑いない。したがって、両者の作品には、共通の時代の刻印がなされているといえよう。
 ところで、ラマルクとベートーヴェンに引き続く生物学者や作曲家たちは、二人に共有されていた二つのタイプの世界観のうちの一方を、主に継承していった。19世紀の生物学者たちは、ラマルクを進化論者とみなし、ラマルクの理論を進化学説と理解して継承していった。一方、ロマン派の作曲家たちは、ベートーヴェンの形式的秩序の側面を比較的軽視し、発展的側面、ドラマ的生成の要素をしっかりと継承していった。
 つまり、発展的・生成的世界観は、19世紀の生物学においてもロマン派の音楽においても引き継がれていったが、形式を重視する秩序だった世界観は、やや軽視される傾向にあった。したがって、二人の後継者たちが二人のなかに見て取ったものにも、同型性があった。
 さらに、二人の活躍した前後の時代において、科学史と音楽史では、共時的に大局が変遷していた。その二つの分野の自然観・音楽観の変遷には、顕著に相応する類似性、<秩序からエネルギーへ>と要約できる類似性が見られた。
 このように、両者の作品の世界観の類似性は、単にその二人の個別例にとどまるものではない。科学史と音楽史の変遷に見られる並行性の中の鍵となる一事例、として捉えるべきであろう。
 最後にあらためて総括しよう。
 ラマルクの『動物哲学』と、ベートーヴェンの≪運命≫、この両者はともに、秩序的世界の枠組の中に、発展的世界観を盛り込んだ作品である。これらの代表作に見られる類似性は、当時の科学史と音楽史の並行性を象徴する代表例である。



(38) このことは、筆者による注(2)の前掲論文の主要主張点である。

(39) 歴史家のコリングウッドは、19世紀における自然観の転換を、それ以前の「自然と機械の類比」に基づく自然理解から、「自然と歴史の類比」に基づく自然理解へ、と捉えている(R. G. コリングウッド、平林康之・大沼忠弘訳『自然の観念』(みすず書房、1974)、緒論)。

また、次の著作では、18世紀の静的で非歴史的な自然像から、動的・歴史的な自然の捉え方へと19世紀に転換していったことが、重要な論点のひとつとなっている。Stephen Toulmin & June Goodfield, The Discovery of Time (Chicago, 1965)

(40) ソナタ形式の発展過程については、ラシュトン、注(13)の前掲書、第6章「鍵盤音楽とソナタの原理」が詳しい。また、ラシュトンは、ソナタ形式のいろいろな特徴については、「啓蒙主義のイメージつまり「秩序ある自由」に還元することができる」と言っている(同書、p.122)。

(41) ハイドンによる交響曲の確立過程については、中野博詞『ハイドン復活』(春秋社、1995)pp.23-28、を参照。

(42) ロマン派音楽の反復や発展的形式については、田村・鳴海、注(28)の前掲書、pp.50-56、参照。



 


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