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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

C.G.ユングの芸術論(その1) ―作品と作者との関係― 

Posted on 17:10:01

 
 分析心理学者、カール・グスタフ・ユングが、ある講演録の中で、芸術作品の創作プロセスをめぐって、いくつかの興味深い論点を提起しています。
(「分析心理学と文芸作品の関係」、C.G.ユング、松代洋一訳『創造する無意識』平凡社、所収)
 その論点のひとつに、芸術作品とその作者との関係に対する考察があり、私の創作の実感と極めて近い感触をもったため、その内容をここで紹介して、さらに、私の作曲経験と比較してみようと思います。
 
 
 芸術作品と作者をめぐるユングの見解
 
 ユングは、フロイトが切り拓いた無意識の領野を心理学に活用する手法を継承しつつも、フロイトの「個人的」無意識による抑圧理論の限界を察知して、より深い「集合的無意識」の沃野に心理学的探究の触手を伸ばしていきました。
 この芸術論においても、芸術作品に対するフロイト流の分析に触れ、その「個人的」無意識による還元手法に一定の有用性があることを認めつつも、芸術作品の正当な評価の観点からはこの解釈法は妥当でない、と判定します。
 その理由は、「芸術作品は人間ではなく、個人を超えたものであるから」とユングは言います(同書、p.22)
 
「真の芸術作品に特別な意味があるのは、個人という存在の狭さと袋小路を抜け出して、ただ個人的でしかないものの無常と息苦しさを尻目にかけて、天日遥か天翔けるところにあるのです」(同上)
 
 ユングは、芸術作品の創作プロセスの理解のために、作品の成立の仕方をめぐって、二つのタイプに作品を便宜的に区別します。
 ひとつは、「作者の意図と決断の下に成り立つ作品」(同書、p.24)
 もうひとつは、「作者の筆に流れ込んでこの世に生まれ出た作品」(同書、p.25)
 ここではとりあえず、前者をAタイプ、後者をBタイプ、としておきます。
 ユングは、Aタイプの例として、シラーの詩作を挙げています。また、Bタイプの実例としては、ゲーテの『ファウスト第二部』や、ニーチェの『ツァラトゥストラ』を挙げています。
 Bタイプの作品とは、「作者に押しかけてきた」作品であり、「彼の手はいわばそれに捕らえられて」作者の意図とは関係なく「溢れんばかりの思想とイメージが」「洪水となって襲いかかってくる」類いの作品のことです。そしてその作者は、「自分が作品の下方に、あるいはせめて傍らに立っている、いわば第二の人物として、ある見知らぬ意志の呪力圏に陥っている存在にすぎない」ことを自覚します(同書、pp.25-26)
 では、もう一方の、Aタイプの作品では、作者は本当に自らの意図と判断において自発的に作品を構築しているのでしょうか。
 ユングは次のように答えます。
 
「自分の創作は絶対的自由の所産だという彼の確信は、彼の意識の錯覚ということになる」(同書、p.28)
 
 自由に自分の意志で創作しているつもりでも、創作活動には、「目に見えない流れ」に導かれている面があることを、ユングは心理学者として、芸術家に対する分析に基づいて指摘します。
 ということは、AタイプとBタイプとは、実は程度の違いであって、どの芸術作品にもBタイプの特性―個人を超えた働きかけ―を帯びている、とユングは理解しているわけです。
 
「創造的なるものは人間の中に、大地に木が生えるように生きて育つ」(同書、p.30)
「創造的形成のプロセスを人間の心に植え付けられた一つの生き物であるとみなしていっこうに差し支えありません」(同上)
 
 つまりユングは、どの作品でも創作プロセスにおいて、作者の心の中に作者とは独立した一つの生き物が成育していく、と考えているのです。それをユングは「自律的コンプレックス」と呼んでいます(同上)
 そしてその自律的な生き物は、個人を超えた領域、集合的無意識からの働きかけに呼応して、作者の意識の了解範囲を逸脱して生成・変化を遂げていく、とユングは理解しているのです。
 
 私の作曲の自己分析
 
 上記のユングの見解は、管弦楽曲の創作を行っている私の実感とかなり近いものです。
 もちろん、ユングが例示した文芸作品の創作と、管弦楽作品の作曲とでは、ジャンルの違いを反映して、AタイプとBタイプのバランスはかなり違います。
 オーケストラ曲を書き進めるにあたっては、さまざまな約束事や音楽理論の制約―楽器編成・和声の理論・楽曲の形式など―があるため、意識的構築を相当注意深く行う必要があります。そのため、文芸作品の場合よりも、作曲の場合のほうが、Aタイプの側面の比重が高くなるかもしれません。
 しかし、作曲の場合もやはり、作者の意図と無関係に、作品が自律的な生き物のように生成・変化することが頻繁にあり、Bタイプの側面が存在し、創作のプロセスに大きな役割を果たしているのは疑いありません。
 
 私の実感ですが、作曲は、自分の意思や判断だけでできるのではなく、自覚されない潜在意識の活動を土台にして、その上に意識的・理論的構築を行っているように思います。
 曲の完成までの貢献度の割合は、潜在意識のほうが、意識的構築よりも大きいように感じています。
 作曲の過程とは、私にとって、どこかから湧き上がってくる不定形のものを、特定の枠組や理論内に落とし込んで秩序ある形にしていく作業である、といえます。
 
 言い換えれば、管弦楽作品を創作するということは、私の心の中に住み着いた自律的生き物が成長していくのを助長し、それが音楽の理論や約束事から逸脱しすぎないように見守りつつ独自の世界を構築していくこと、なのです。
 つまり、
 
 作曲←[成長(育てる)]+[構築]
 
 という図式になります。
 
 一例として、今年4月にスコアがほぼ完成した<地下の迷宮>というピアノ協奏曲の第1楽章の創作過程を振り返ってみます。
 この曲は、モーツァルトの短調の2曲のピアノ協奏曲と似た雰囲気の作品です。楽曲の構成や楽器編成に関して(つまり、意識的構築の一部分に関しては)、モーツァルトの作品を参考にして書き進めました。
 
 主題となるモチーフは、あるとき不意に到来してきました。短調のピアノ協奏曲の第1楽章タイプの作品を作るプランは以前からあったのですが、主題が思い浮かばなければ、作品を膨らませていくことはできません。かといって、この部分を意図的に作成しても納得のいくものはできないでしょう。主題がやってくるのを待っていたのでした。
 ほぼまとまった形で到来してきた第1主題は、その後の創作の胚種となりました。
 細部の素材に関しては、大まかな作品の流れ、プロットを考えている際に、次から次へと、その胚種から発芽したいくつものメロディーの断片が湧き上がってきました。
 そしてそれらは、植物が成長するように、変容を遂げていきました。
 傍らにモーツァルトがいて、アイディアを出す手引きをしてくれていたような錯覚を抱いたほどです。
 自分が意識的に作ったようには思えない。モーツァルト風だけれどもモーツァルトの曲でもない。
 そんなフレーズが溢れ出てきたのです。
 陶酔の経験でした。
 
 萌芽的断片の中に潜んでいた可能性が、さまざまな形に顕現してくる、その現場に立ち会ったのでした。
 
 曲の終了直前の、カデンツァの部分に関しては、ユングの言う「自律的コンプレックス」の成長を見届けた、という感触が強いです。意識的構築は付け足し程度でした。
 今まで、協奏曲のソロ楽器のカデンツァ部分の作曲で、何度も経験たことなのですが、私の意図を無視して、ソロ楽器が頭の中で勝手に演奏を始めてしまうのです。
 今回は、今までの経験を踏まえて、小節数の大まかな枠(約50小節)以外はほぼ白紙状態で、カデンツァ執筆に向かいました。
(ピアノソロですが、ピアノを使わず、直接スコアにメモを書き込んでいきました。ピアノを使うと、私の下手な演奏癖が反映されてしまう惧れがあるためです)
 体調と精神状態から、多分書けそうだと感じた時点で取り組みました。
 最初の6小節くらいまでは、いろいろな可能性の芽の中から道筋を選びきれず(読みきれず)、何度か書き直しましたが、10小節目あたりから、心身状態の若干の変容とともに、カデンツァの流れる道筋が最後の方まで透視されて、その後はその情景の方向性に沿って、迷いなく書き進められました。湧き上がってくる音楽の断片の中から、適切に取捨選択ができるようになったのです。
 要した時間は2時間弱程度だったと思います。
 後から多少修正を施しましたが、大まかなカデンツァの流れは、私が意識的に判断を下して決定したものではありません。どこかからやってきて根付き、自律的に成長を遂げた産物、というのが私の実感です。
 
ピアノ協奏曲<地下の迷宮>は、2013年11月3日に公開しました。
 こちらで試聴できます。
 
 このように、作曲の場合も、ユングが指摘した文芸作品の創作と同様に、意識的構築の側面と、潜在意識あるいは個人を超えた領域からの働きかけによる、作品の自律的生成の側面があります。
 このことは、芸術作品の創作プロセスには根源的な共通性あることを強く示唆しているように思われます。
 
<C.G.ユングの芸術論(その2) ―集合的無意識と個性の刻印―>に続く

 
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