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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

P.ファイヤアーベントの芸術論・哲学論と、荘子の「斉物論」思想 

Posted on 15:39:59

 
 パウル・ファイヤアーベントは、T.クーンの相対主義的科学論の立場を継承している科学哲学者です。クーンよりも過激で挑発的な議論を行う論客として知られています。
 そのファイヤアーベントが、科学史に対して行ってきた、進歩史観の否定と文化相対主義の考察と同型的な議論を、美術史や哲学史に対しても行っている論考があります。
(P.ファイヤアーベント、植木哲也訳『理性よさらば』法政大学出版局、第5章)
 
 今回は、その論考の紹介と、彼の思考様式と類似の構造をもつ、荘子の「斉物論」思想を、私の理解の範囲で、語ってみようと思います。
 そして、それらの思想が秘めている“効用”を引き出してみるつもりです。
 
 
 ファイヤアーベントの芸術論・哲学論
 
 ファイヤアーベントは、美術史家ヴァザーリの語る「質的進歩」の観念を批判します。
 ヴァザーリのいう「質的進歩」とは、たとえば、14~15世紀にかけてのイタリア・ルネッサンス期に起こった、絵画の様式の転換がそうです。古いビザンチン様式の輪郭線のある平面的な絵画様式に代わって、ジョット以降、遠近法を駆使した写実的で繊細な様式が登場してきた美術史上の大変動に対し、ヴァザーリは「進歩」を読み取りました。
 しかし、ファイヤアーベントは、「進歩という質的概念は相対的概念である」といいます。アルベルティのような、ルネッサンス期の枠組内で活動している人物にとって、その質的変化は歓迎すべきものに映るけれども、異なる価値観や目的を有する画家や鑑賞者にとっては、変化ではありますが、進歩とはみなされないでしょう。
 また、一見“原始的”な、エジプト美術や初期のキリスト教美術などにも、「一定の目的」があり、「無知や能力の欠如の結果ではない」ことを例示しています。
 美術の歴史に進歩を読み取ろうとする論者に対し、ファイヤアーベントは、相対主義的な歴史的視点の欠如を指摘します。そして、次のように述べます。
 
「あらゆる理由と目的を横断して、そこに進歩を見ようとすることは、グレーの解剖図と田舎道のキリストのはりつけ像を、ともに単一の上昇的発展路の一段階と解釈する試みと同じくらい馬鹿げている」(同書、p.179)
 
 進歩史観は、自分の属する枠組の目的・価値観が最上のものであるとの思い込みを前提にした、歴史に対する誤認である、とファイヤアーベントは考えています。
 
 同様のことを、哲学史に対しても、ファイヤアーベントは指摘します。
 哲学は思想の領域で美術とは異なり、スタイルや印象や感覚といった主観的内容からは独立な分野である、といった見解に対し、彼は異議を唱えます。
 第一に、この見解自体が、「一つの哲学的理論に他ならない」。主張本人の、個人的背景が反映された主張だ、ということでしょう。
 第二に、「抽象的思考の重要な変化は質的な変化であり、思想であれ芸術作品であれ、質的変化は本来相対的である」ことを指摘しています。
 
「実際、哲学を絵画や音楽や彫刻のような一つの芸術と解釈することもできる。違いは、彫刻が石や金属を、絵画が色や光を、そして音楽が音を用いるのに対して、哲学は思想を用い、それを曲げたり結合したり切り離したりして、この捉えどころのない材料からとてつもない夢の城を築き上げるということである」(同書、p.181)
 
 つまり、素材や手段は異なるけれども、哲学も芸術と目標を共有している、ということです。このあたりは、クーンよりも学術活動の本質を深く理解していると、私は感じます。
 一例として、古代ギリシアにおけるホメロスの世界から、パルメニデスの<一なるもの>の哲学への移行は、進歩ではなく質的に異なる世界観への転換と彼は捉えます。そして、
 
「あらゆる哲学を単一的進歩の線上に置くことは、ここでもまた意味を成さない」(同書、pp.181-182)
 
 と結論づけます。
 
 このように、ファイヤアーベントは、美術哲学の歴史の双方に対して、進歩史観を斥けます。
 その根拠は、どちらも「質的変化」であること、質的変化は文化相対的であり、進歩や優劣を判定する基準が存在しないこと、です。また、進歩と誤認してしまうのは、自らの枠組の価値観を無批判に最善のものと思い込んでしまうことから来ています。
 
 こうしたファイヤアーベントの議論は、科学史と音楽史の比較研究をしてきた私にとって、実に納得のできるものでした。さらに、「質的変化」の背景を重視し、複層的な価値観の変動に着目する彼の姿勢に、共感しています。
 
 ところで、歴史に対する考察ではないのですが、ここで紹介したファイヤアーベントの思考様式とよく似た論理構造をもつ思想があります。中国の春秋戦国時代の思想家、荘子の「斉物論」思想です。
 ここから先は、この両者の類似性と、そこから見えてくるものについて、記していきます。
 
 荘子の「斉物論」思想
 
 『荘子』の斉物論篇の中心テーマは、「万物斉同」思想の提示、といえます。
 この思想とは、「すべてのもの」の間に、本質的な違い―優劣・善悪・差別など―は存在しない、という存在観です。
 どんな出来事も、どのような経験にも、優劣はなく、等価である(「朝三暮四」が暗示している構図)。どのような存在にも、身分の間にも、区別・差別はない(天地も一本の指、万物も一頭の馬)。生と死にも、違いがあるわけではない。
 このような思想です。
 そして、この「万物斉同」論は、人間の思考やイデオロギーに対しても、適用されています。
 どのような考え方・イデオロギーの間にも、優劣・是非はなく、等価である、というラディカルな見方です。
 『荘子』においては、こうした見方は、“真人”という、老荘思想の根幹を体現した人物の境地の一部、という一面がありますが、論理的議論によっても「思考等価説」が導かれることを示しています。
(金谷治訳注『荘子 第一冊』岩波文庫より、pp.83-85)
 その議論を、私なりに翻案して、紹介してみます。
 
 対立する二つの学説・見解・イデオロギー等があるとします。説Aと説Bとしておきます。
 AとBとの間の優劣・正誤・善悪などは、原理的に判定することができません。
 その理由は、以下の通りです。
 AとBが議論してどちらかが勝ったとしても、一方が正しいということにはならない。両方正しいかもしれないし、両方誤りかもしれない。
 第三者、Cが判定するとしても、Aと同意見ならば、Bを理解できないし、公正な判定を下せない。AとBの両者と立場が異なるのであれば、やはり両者を十分理解できないであろうから、公正な判定は下せない。
 つまり、異なる枠組間では、拠って立つ価値観が異なるため、原理的に比較不能となる、ということです。
 
 「万物斉同」論のひとつの系、「思考等価説」の論理は、クーンのパラダイム論における「共約不可能性」の議論と同型的です。そして、ファイヤアーベントの上記の進歩史観の否定と文化相対主義の議論と、そっくりの論理構造をもっています。
 異なる枠組間においては、学説にしても芸術様式にしても、進歩や優劣や正誤を判定する基準が存在しないため、原理的に序列付けが不可能である、という見方です。
 
 相対主義や「万物斉同」思想の“効用”
 
 このような、ファイヤアーベントや荘子の思想には、ある種の“効用”があります。
 それは、自分たちの思い上がりや優越感を抑制し、他者に対する謙虚な姿勢が養われる可能性を秘めている、ということです。
 
 西洋近代文明の価値観にどっぷりと浸かっている私たちは、進歩や優越への志向をごく当たり前のこととして受け止め、疑問に思うことは滅多にありませんでした。しかし、その志向性は、自己中心的で、他者や他民族に対する傲慢で侵略的な姿勢に繋がっていました。
 自分たちの考え方や生き方は、文化的・歴史的制約下で育まれてきたものであり、他の人々の考え方や生き方もそうであるならば、両者の間に優劣や善し悪しをつけることは意味をなしません。そのことが実感されれば、他者に対する見下した姿勢や、侵略的応対をすることは影を潜めていくことでしょう。
 そして、他者がほとんど理解不能な場合でも、異なる文脈の中で生きているらしいことは推測できるでしょう。そのため、他者に対する敬意が自ずと涵養されてくるでしょう。
 
 ファイヤアーベントの文化相対主義と、荘子の「万物斉同」思想に共有されていたことは、「異なる他者への敬意」という、人間に対する根源的洞察でありました。
 
 
※以下のブログ記事も、ご参照下さい。
 
T.クーンの、科学と芸術の比較論をめぐって ―「美」は手段か目的か―
 
『荘子』大宗師篇「真人」と、斉物論篇「朝三暮四」―世間との折り合い―
 
『荘子』の「朝三暮四」の精神と六波羅蜜の「忍辱」
 
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