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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

『スッタニパータ』における「独り歩め」の含意 

Posted on 09:13:18

 
 原始仏教の最古の経典類のひとつに、『スッタニパータ』があります。ブッダの肉声の余韻が聴こえてくるような書物です。
 その『スッタニパータ』の中に、「犀の角」という節があり、40ほどの断章からなっているのですが、ほとんどの断章が、「犀の角のようにただ独り歩め」という文言で終わっているのです。

 
 この「犀の角」の節には、ブッダの生きる姿勢、生き方の哲学が凝縮して述べられているように、私には感じられました。
(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』ワイド版岩波文庫、1991年、pp.17-22、を参照しました)
 その節の内容を強いてまとめるならば、次のようになりましょうか。
 
 友人や子や妻に愛着を持つと、それが煩悩や執着となり、苦しみとなる。また、俗世間の欲望や快楽や損得勘定に引き込まれ、心が乱されてしまう。それらのことを明敏に洞察して、それらへの執着を手放し、ただ独りで生きていこう。
 
 この節の諸断章から発せられてくる生き方の指針には、ふたつの層がありそうです。
 ひとつは、まさに人間関係から距離を置き、身体的にただ独りで生活すべきである、という勧めです。そのことにより、欲望や愚かさに満ちた世間的価値観からの侵食を避け、人間関係に伴う怒りや精神的動揺からも距離を置くことができる、ということでしょう。
 しかしながら、ここでは、さらに深いレベルの生き方の指針が語られているのを見逃すわけにはいきません。
 もうひとつのそれは、精神的に、心理的に、「自分の心の中に他の人を住まわせない」、さらに、「過去の自分と共には生きない」という勧めです(とくに断章65・66・67のあたりで示唆されています)
 ただ単に身体的に他者から離れて生活していても、心の中で他の人からの評価や視線が気になっているならば、独りで生きていることにはならないでしょう。また、自分の過去の幻影や想念に精神がさまよっているならば、今現在の自分を十全に生きているとはいえないでしょう。
 心理的にも、内なる同伴者なしに、ただ独り歩むのです。一瞬一瞬をマインドフルに、超然と生きるのです。
 
 結局、ここでのブッダの教えは、「身体的にも、精神的にも、他者に依存・執着することなく、欲・怒り・迷妄を捨てて、今ここを深く独りで生きよ」ということだ、と私は了解しました。

 

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