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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

カンブリア爆発における地球史的要因―流行に左右される要因論・その2― 

Posted on 11:30:28

 
 生物進化の歴史において、今からおよそ5億年前に、急速に動物が多様化・複雑化を遂げた時期がありました。その爆発的進化を、「カンブリア爆発」あるいは「カンブリア紀の爆発」と言います。
 その特異な現象の引き金を引いたのは、何であったのか。その要因論に関しては、諸説があります。その要因論の変遷について、今回は考察します。

 
カンブリア爆発の概要
 
 地質年代区分において、5.4億年以降、2.5億年前までが、古生代という時代です。その古生代の開始年代を境にして、地層から、肉眼で見える程度の大型の化石がよく見つかるようになります。
 その古生代の最初の時代下位区分が、「カンブリア紀」です。問題の急速な爆発的進化は、その時代の中でも、5億2900万年前から5億1400万年前までの、およそ1500万年の間で起こったようです。
 現在の動物界は、分類の大きな区分である「門」の単位で、30~40程度の門に分類されますが(脊索動物門・棘皮動物門・節足動物門など)、そのうちの4分の3ほどの門が、カンブリア紀に出現したと判定されています。
 専門書では、カンブリア爆発は「現生の左右相称動物の多くの門が化石記録に突然出現したこと」と定義されることが多いそうです(更科功『絵でわかるカンブリア爆発』講談社、2016年、p.8)
 つまり、現在地球上に棲息している動物の祖先たちの基本形、ボディープランが、その時期にほぼ出そろってしまった、ということなのです。
 ヒトデやエビやタコやイソギンチャクや昆虫や魚などの先祖形態が、地質年代的には極めて短期間に出現したのが、カンブリア紀の爆発的進化でした。
 
カンブリア爆発の要因論
 
 では、そのような生物の歴史上きわめて特異な事象が、なぜその時期に、どのようなメカニズムで、生じたのでしょうか。
 2000年頃までの生物学では、カンブリア爆発の引き金を引いた主要因として、「捕食者の出現」と「眼の誕生」が挙げられていました。
 ほかの動物を捕食するようになると、肉食動物は、容易に十分な栄養を摂取することができ、生存や繁殖に有利になることでしょう。また、その捕食行動の改善のために、感覚器官や運動能力も発達していくことでしょう。
 もう一方の、食われる側、被捕食者は、食べられてばかりいたら絶滅してしまいますから、逃げたり防御したりする必要性が生じます。そのため、被捕食者もまた、感覚器官や運動能力に磨きをかけたり、固い骨格を身につけて容易には捕食されないように守りを固めたりしたことでしょう(三葉虫が噛みつかれた化石もあります)
 つまり、軍拡競争、あるいは「共進化」が急速に進行していったであろう、と推測されるわけです。
 その過程に伴って、外界の光を感知する器官、「眼」が出現しました。ピントを合わせて周囲の状況を確認できるようになれば、捕食者側も、被捕食者側も、生存にとても有利になるでしょう(カンブリア紀の化石からレンズ眼をもつ動物がかなり見つかります)
 このように、20世紀までは、カンブリア紀の要因論の説明は、生存競争と自然選択、環境への適応、といった、「ダーウィニズム」の枠組内でなされるのが通例でありました。
 また、1990年代には、形態の多様化をもたらす遺伝子の多様化がいつ頃に起こっていたのか、というDNA解析に基づく探究も見られるようになりました。そちらの研究も含めると、「ネオ・ダーウィニズム」の図式でカンブリア爆発を理解しようとするのが、研究者たちの基本姿勢であった、といえましょう。
 

動物進化とボディープラン 
動物進化とボディープラン(クリックで拡大、以下同じ)

 
 ところが、その説明様式は、2000年頃を境に変化が見られるようになってきます。
 1990年代頃に、全地球史解読計画が始まったり、スノーボールアース仮説が登場したりしたことを背景として、カンブリア爆発という特異的事象が、なぜ地球史のその特定の時期におこったのか、を説明する仮説が提起されるようになりました。
 スノーボールから回復後の地球環境の諸様相、酸素濃度の上昇や、海水中のリン酸塩の増加などが注目されました。
 その系統の仮説の中でも、とりわけ説得力があると思われるのが、丸山茂徳氏の「陸地面積の増大」説です。
 
「最も重要な事象は、地球表層の海水がマントルへ移動して、海水準が約数千万年という短期間に約600m下がり、巨大陸地が出現したということです。このイベントが、カンブリア紀の生命進化の出発原因です」(丸山茂徳『地球史を読み解く』NHK出版、2016年、p.155)
 
 上記のように、丸山氏は断言しています。この仮説の要点をまとめてみます。
 6億年前頃に、陸地面積が急速に増大しました(海水準の急激な低下や堆積岩の急速な形成の証拠あり)。現在の8割程度の面積になったそうです(原生代初期には現在の2割程度でした)
 その結果、河川を通じての栄養塩類の供給量が増加します。また、大陸棚に太陽光が届くようになります。その養分と太陽光を利用して、植物と動物が多様化・大型化・複雑化を遂げていった、という筋書きです。
 この仮説には、当時の大陸の海岸線に記録された海水準の低下が、なぜ原生代末のその時期におこったのかを説明する「水漏れ地球」説(※)が伴っています。そのため、仮説全体として、地球の歴史における様々な応答の必然的結果として、カンブリア爆発を位置づけることができます。
 

カンブリア爆発の諸段階 
カンブリア爆発の諸段階

 
 このように、2000年代以降、カンブリア爆発に対する説明図式に変革が生じたのです。
 かつては、生物学の範囲内、あるいはダーウィン流の説明枠組内での考察にとどまっていたのですが、近年ではそれに加えて、当時の地球表層や地球内部の変動と結び付けて、その特異的事象を理解していこうとする視点が普及してきました。
 大げさかもしれませんが、カンブリア爆発の要因論に関する説明図式に、「パラダイムの変革」が訪れたのです。
 以前は、なぜ「急速に」進化が達成されたのかが議論の焦点でした。それに加えて今日では、なぜ「その特定の時期に」起こったのか、を問題にするようになったのです。
 したがって、この枠組の変化は、「転換」ではなく、「拡大」あるいは「補充」といった意味合いの変動であったとみなせます。新たな視点が付け加わり、より包括的に、カンブリア爆発を理解できるようになったのではないでしょうか。
 
 よって、どちらの説明が正しく、どちらかが誤り、というような事柄ではなく、両者の説明図式は相補的と捉えればよい、と私は考えます。
 そして、旧来の説明様式を振り返ってみると、やはり、進化的事象を「ダーウィニズム」の枠組内で説明すべき、という暗黙の了解事項に縛られていた、と思われます。20世紀を通じて支配的であった、ダーウィン流、またはネオ・ダーウィニズムの進化論のパラダイムが、いかに強固であるかを認識させられます。
 
水漏れ地球説
 太古代以来、億年単位の時間スケールで、地球内部が極めてゆっくりと冷却されてきました。海溝付近のマントルもそれに伴い冷却し、6億年ほど前に、ある臨界温度まで下がります。それ以降、プレート中の水分が、含水鉱物として、海溝を通してマントルへと移動を始めます。それに伴い、プレート上部の海水量が減り、海水準が低下します。その結果、陸地面積が増大する、という因果連鎖の仮説です(丸山、前掲書、pp.160-161)。
 

水漏れ地球説の模式図 
水漏れ地球説の模式図(図はすべて、丸山、前掲書より引用)


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