作曲と思索の愉しみ
オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。
2018/11/25 Sun.
スノーボールとCO2―流行に左右される要因論・その1―
Posted on 09:08:28
1990年代に、地球科学の分野で、「スノーボール・アース」という仮説が登場しました。現在ではほぼ通説となっているようですが、どのようなメカニズムでスノーボールに到ったのかという要因についての説明は、この十数年で大きく様変わりしました。
その要因論の変遷は、多少とも「流行」に左右されていた、という見方を提起したいと思います。
「スノーボール・アース」とは、地球の歴史における原生代(25~5.4億年前)に、複数回、地球の表面ほぼすべてが、赤道付近まで凍りついてしまったことがある、という推測です。時期は、約23億年前(原生代初期)と、7~6億年前頃(原生代末期)です。
超氷河期が存在した根拠としては、氷河堆積物が当時の赤道付近まで存在することや、炭素13同位体の成分比が異常に低かったこと(生物の活動の全面的停止を示す)、などが挙げられています。
全球凍結時の地球の平均気温は-40℃、海の氷の厚さは平均で1400m程度、と推定されました。
ある程度まで地球の気温が低下すると、雪氷面積が広くなるため、太陽光をより反射するようになり、ますます地球が冷えていく、という、正のフィードバックが働き、地球が全面的に凍りついてようやく、新たな平衡状態に落ち着く、という流れのようです。
では、その臨界点となる気温まで地球を冷やした主原因は何だったのでしょうか。
それに対しては、いくつかの仮説が提案されています。それらのうち、3つをピックアップしてみます。
A.地球規模での炭素循環の変動による、二酸化炭素濃度の急激な低下。
B.超大陸ロディニアが赤道付近中心に存在していたこと(原生代末期の背景)。
C.地球に降り注ぐ銀河宇宙線の増大。
1990年代、「スノーボール・アース」の学説が登場した頃、提唱者のひとりのカーシュヴィングや日本での紹介者たちは、Aの仮説で全球凍結にいたる寒冷化を説明できる、と考えていたようです。
炭素循環の変動とは、長期的な火山活動の低下や、地表の風化の進行に伴う有機物の埋蔵量の増大などのことです。それらによって、大気中のCO2濃度がある水準以下になってしまう、といった筋書きが、その仮説です。
要因論に関する仮説Aは、当時の地球温暖化をめぐる議論から、多大な影響を受けていた、と私には思われました。
私は個人的には、1990年代の頃から、二酸化炭素濃度の変動が地球の気温の動向を決定的に左右する、という考え方に懐疑的でしたので、仮説Aで超氷河期の到来を説明するには無理がある、と判断していました。
※20世紀の温暖化に関しても、氷期と間氷期におけるCO2の変動と地球の気候変動との間の相関についても、気温の変化が先で、CO2の変化は後から追随して起こっている、との信頼できる研究があります。そのため、大規模な地球史的気候変動が二酸化炭素濃度の変動によって引き起こされた、との考え方は、私には説得力が乏しいのです。
また、温室効果に関しての「気候感度」の値が、研究者によって大きくばらついていることも、CO2主原因説の信頼性を下げています。
スノーボール・アースの研究者たちはおそらく、地球温暖化についてのCO2主原因説に対して念入りな検討はせず、当時の流行の学説を無批判に受け入れ、自分たちの研究テーマに適用してしまったのではないか、と私は邪推してしまいました。
(あるいは、研究費獲得などの目的から、あえて理論的瑕疵には目をつぶって、CO2主原因説を受容していたのかもしれません)
ある程度、科学的リテラシーのある者ならば、CO2主原因説に対する批判的検討を行えば、その理論の根拠が不十分であることか容易に見えてくるであろう、と私には思われます(気になる方は、このブログの他の記事、例えば<定説不在の「気候感度」―CO2温暖化説の根拠の脆弱性―>をご参照ください)。
それゆえ、スノーボール・アースをめぐる仮説Aは、当時の地球温暖化論の通説を吟味せずに採用した仮説であった、と現在では見做すことができるでしょう。
では、もうひとつの有力な仮説、Cはどうでしょうか。
こちら仮説Cもまた、理論的には、地球温暖化の要因論との関わりがあります。
超氷河期の到来も、20世紀や過去数世紀間の地球の気候変動についても、太陽活動の変動と、銀河からの宇宙線の動向とによって、基本的には説明可能である、という考え方に立脚しています。
スノーボールについては、以下のような説明がなされています。
原生代初期の全球凍結については、その引き金として、地球史上最大のスターバーストが考えられます。23億年前は、銀河における星の形成率が高かった時代だったことが、恒星の年齢分布からわかっています。
そのため、当時、大量の銀河宇宙線が地球に降り注ぎ、地球大気のイオン化が促進され、雲核も形成しやすくなり、雲量が増大したことでしょう。その結果、太陽光に対する反射率が増大し、気温の低下が進行していった――このような因果関係です。
原生代末期については、[スターバースト]+[地球磁場の衰弱]が引き金になった、とのことです。その結果、23億年前の場合と同様に、地球に到来する銀河宇宙線量の増大によって、気温の低下が引き起こされた、と説明されます。
私には、Aの仮説よりも、こちらの仮説Cの方が、説得力があるように思われます。
その理由は、仮説Aの場合、無理やり二酸化炭素濃度が減少する要因を探し出して、証拠不十分なまま推論に推論を重ねている感があるのに対して、仮説Cでは、スノーボールという地球史的イベントとほぼ同時期におこった、宇宙における顕著な事象とを結び付けて考察しているので、恣意性が感じられず、自然な説明になっているからです。
ただし、やはりこちらの仮説Cも、地球温暖化の要因論争の余波を受けているように感じられます。近年の地球の気候変動をもたらした主要因と同様のメカニズムが、長大な地球史的時間におけるダイナミックな気候変動にも適用できるか否かは、慎重に判断しなければならないでしょう。
このように、スノーボールアースの成立をめぐる要因論の諸仮説は、どれも、近年の地球温暖化をめぐる要因論争の諸見解の影響を、大なり小なり受けている、と見られます。
参考書:田近英一『凍った地球』(新潮社、2009年)
川上紳一『全地球凍結』(集英社新書、2003年)
丸山茂徳『地球史を読み解く』(NHK出版、2016年)
H.スベンスマルク他、青山洋訳『“不機嫌な”太陽』
(恒星社厚生閣、2010年)
G. ウォーカー『スノーボール・アース』
(ハヤカワ文庫、2011年)
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