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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

天変地異説を否定したラマルク 

Posted on 11:15:28

 
 ラマルクの『動物哲学』には、動物の分類や進化に関する事柄のみならず、それらに関連する様々な論点が、議論されています。
 今回は、その中から、「天変地異説」に対するラマルクの見解を紹介しようと思います。

 
 進化論の先駆者とされるラマルクは、主に無脊椎動物の形態や機能の研究に基づいて、動物の種が変化すること、時間とともに複雑化してきたことを確信していました。彼にとって、「種の変化・進化」には、十分な根拠がありました。
 ところが、ラマルクの職場の、パリ自然史博物館の同僚のキュヴィエは、古生物の化石研究をしていたにもかかわらず、種が変化すること、生物の進化を認めませんでした。
 そのキュヴィエが提唱していたのが、「天変地異説」です。
 過去の地球上に生きていた動物の遺骸である化石が、現存する既知のどの動物とも似ていない事例が多々ある、ということは、ラマルクもキュヴィエも、重々承知していました。その事実に対する解釈の方向性が、二人の間では全く異なっていたのです。
 地層と化石の研究もしていたキュヴィエは、ラマルクと同様に、地球の歴史において、様々な形態の種が順次表れてきたことを了解していました。しかし、解剖学者・形態学者であったキュヴィエにとって、種の形態が変化することは認めがたいことだったようです。そのためキュヴィエは、異なる生物が地球上に「順番に」栄えた、と解釈したのです(モランジュ、『生物科学の歴史』みすず書房、2017年、p.175)
 地球規模での大激変―天変地異―が何度か起こり、その度ごとに、それまで存在していた生物が絶滅し、新たなタイプの生物が新たな環境に進出した、とキュヴィエは考察したのです。
 
 そのキュヴィエの学説や、キュヴィエ以前の激変説を念頭に置いて書かれたとみられる議論が、ラマルクの『動物哲学』の第1部第3章に現れます(ラマルク『動物哲学』朝日出版社、1988年)
 その第3章では、生物の種は必ずしも固定されてはおらず、歴史的な時間とともに、環境の変化に応じて変化することがありうる、という主張がなされています。その章の最後の数ページにおいて、「消滅したとされる種について」という見出しのもと、自説の補強とともに、「天変地異説」の否定の議論が展開されています。
 「かつて地球に世界的規模の災害(catastrophe universelle)が発生して、すべてを変転させ、当時生存していた種の大部分をほろぼした」とする仮説は、ラマルクによれば、「たんに人の想像が生んだもの」にすぎず、「根拠をもたず、いかなる証拠にも基づいていない」と判定されます(同書、p.57)
 現存していない動物の化石が見つかっても、それらは、生存環境の歴史的変化に伴って、徐々に形態が変化していった、と推測すれば、そうした化石が存在する理由を十分に説明できる、とラマルクは考えていました。
 それゆえ、「世界的規模の災害などというものを証拠もないままに仮定」する必要はない、とラマルクは判断したのです(同上)
 
 比較形態学者かつ古生物学者であったキュヴィエは、「生物の種の変化」については根拠なしとして認めず、現存動物と異なる形態の化石の存在を説明するために、「天変地異」を想定しました。
 もう一方の、分類学者かつ進化論者であったラマルクは、「天変地異説」については根拠なしとして認めず、現存動物と異なる形態の化石の存在については、すでに十分な根拠が得られている「生物の種の変化」で説明可能、と考えたのでした。
 しばしば、キュヴィエは「実証主義的精神」に富んでいたため、当時としては証拠不十分な進化論を認めることができなかった、といった議論がなされますが、そうした見解は、説得力が乏しいように私には思われます。なぜなら、キュヴィエの「天変地異説」は、実証主義的精神の産物とはとても思えないからです。
 結局、何を学問的根拠とみなすのか、という判断基準が、二人の間で相当異なっていた、ということなのではないでしょうか。また、背後の生命観・世界観の相違も、その判断の相違に大きく効いていたことでしょう。
 
 フランスの同時代を生きた、生物学の二人の巨人は、互いに相手の見解を認めることができませんでした。しかしながら、21世紀の今日から振り返ると、二人の仕事は相補的であったことがわかります。
 地球の歴史において、生物進化と生物の大量絶滅とが、ともに確実に起こった事実であると、今日では了解されるようになりました。
 二人とも、片方の眼にのみ、「先見の明」があった、ということでしょうか。


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