FC2ブログ

09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. » 11

作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

「熟成」という生き方 

Posted on 12:05:35

 
 「じっくり生きる」という言葉が、最近、私の頭の中に居座るようになりました。
 穏やかな生活、精神の平和につながる、私にとっての生き方の指針になりつつあります。

 
 8月から9月にかけて、管弦楽曲<遠望>の創作と音楽制作に取り組んでいました。その過程で、楽曲自体が、じっくりと、おのずと発酵するように熟成していくのを感じました。
 そうか、このように生きればよいのだな、と、了解したのです。
 「熟成」するように生きよう。
 
 私は研究者ですから、書物や資料を読み込み、文章を書き記す作業を、日々の仕事としてこなしています。その過程においても、じっくりと読み、じっくりと書いていこう、と意識するようになりました(若いころ得意であった速読は、基本的に封印です)
 私の研究自体、作曲活動と同様に、趣味のようなものですから、何かを達成したり、評価されることを期待したりする必要はありません。そのため、ゆったりとしたペースで、物事が自然に進行していくように取り組めばよい、と思っています。
 音楽を鑑賞する際の姿勢も同様です。数少ないお気に入りの楽曲を、1日に少しだけ、賞味する。じっくりと味わうのです。
 私にとって、作曲も研究も、結局のところ、「遊び」です。
 あまり作為を挟まずに、無為自然に展開していく事態を味わいつつ、趣味の世界を楽しんでいこう、と再認識したのです。
 
 そのような指針のもとでは、ムキになったり焦ったりすることはなくなり、穏やかな精神が保たれます。また、精神に余裕が生じ、様々な意識の階層に対する「気づき」が深まるように感じます。さらに、頭脳からの言語の声ではない、身体からの声なき声に対する感受性も高まるように思います。呼吸も、穏やかさが保たれます。
 したがって、「じっくり生きる」というのは、「瞑想的に生きる」ということでもある、と納得した次第です。
 
私は今月の誕生日に57歳になります。年齢相応の指針が得られたと感じています。
 
 このことは、掃除や洗いものといった、日常生活全般に関しても、当てはまります。
 じっくりと、味わうように、家事をする。
 すると、精神も洗われてきます。
 また、食事をしたり入浴したり、散歩したりする際も、同じような構えで臨みます。
 
 とはいうものの、職場での人間関係や、家族に対する私の応対を振り返ってみると、「じっくり生きる」という指針と相反する振舞いを頻繁に行ってきていることに気づきます。
 職場も、家庭も、修行道場だったのですね。


関連記事
スポンサーサイト

テーマ - 生きること

ジャンル - 心と身体

△page top

△page top

Secret

△page top

トラックバックURL
→http://wood248.blog.fc2.com/tb.php/265-3dcc48f3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△page top

ブログ

カテゴリ

全記事一覧リスト

最新記事

コメントをどうぞ

最新コメント

最新トラックバック