作曲と思索の愉しみ
オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。
2018/09/30 Sun.
フリギア旋法の活用―<遠望>終結部後半の分析―
Posted on 11:34:02
先日公開した管弦楽曲<遠望>の終結部では、後半に雰囲気が大きく転換します。
その最後の部分の理論的構造を、自己分析してみました。
問題の個所は、終結部の盛り上がりとその余韻の後、弦楽合奏のみとなる部分です(演奏では9:30頃からです)。
その最終部分では、スコア執筆中に、草稿で予定していた内容と異なる、ひとまとまりのフレーズと複旋律の輪郭が湧き上がってきて、それをそのまま書き取ったのです。躊躇することなく、弦楽五部を一発で書き上げてしまいました。自分で驚きました。こんなことは、私の場合、稀にしか訪れないからです。
その後、1カ所だけ修正をしましたが(聴き直して和音の響きが悪いと感じたヴィオラの音符をひとつ)、それ以外はひらめいた内容を変更していません。また、外声部間に平行5度が形成されたのに気づきましたが、その必然性を感じたので、そのままにしておきました。
そのように生成してきたエンディング部分の理論的構造は、どのようになっているのだろうか、作曲者本人も興味があり、解析してみました。作曲中には、漠然と、ロクリア旋法に似てきたかな、という程度の認識はありましたが、理論については脇に置いて、直観に任せて書いていました。
スコア上では、♭はひとつのまま、ヘ長調のまま書いていきましたが、実質的には、主旋律において♭が5つついていると判断されるので、長調ならば変ニ長調、短調ならば変ロ短調となるはずです。いずれにせよ、D♭が、階名の「ド」となります。
ただし、長調とも短調とも判断しづらい旋律なので、その判定は保留することにします。旋法の理論を用いる解析の方が、この部分に対しては有効でしょう。
メロディーラインを担当する第1ヴァイオリンは、3度続けて階名で「シ」[実音はC]の音で終止するので、主旋律は、ロクリア旋法での終止である、と一応は判定できるでしょう(すべて階名で書くと、ドレミファソラシ、ラシドシ、ドレドシ)。
ところが、バスラインは、階名で「ミ」[実音F]の音を中心にして上下し、「ミ」で終止します。したがって、バスラインはほぼフリギア旋法と見做せます(1音だけ外れる音シ♭[C♭]がありますが)。また、その上に載っている内声部(第2ヴァイオリンとヴィオラ、どちらも2分割)も、和声的にバスラインと絡むので、フリギア旋法といえるでしょう。
ただし、階名で「ソ」の音が「ソ♯」のなっている個所もあります。その部分では、「ミファ・ソ♯・ラシドレミ」というスケールに対応することになります。
あえてこのスケールを名付けるならば、「和声的フリギア旋法」となりますでしょうか(和声的短音階という用語に倣いました)。
それゆえ、この部分の土台は、フリギア旋法と和声的フリギア旋法との混交からなっている、といえます。
その上に、主旋律のロクリア旋法が動いているわけですが、見方によっては、フリギア旋法の5度上での終止、とも解釈できます。
したがって、弦5部全体としては、「フリギア旋法と和声的フリギア旋法とロクリア旋法の混交」、あるいは、「フリギア旋法と和声的フリギア旋法の混交」と見做せます。
いずれにせよ、この部分は、フリギア旋法が大々的に活用されていた、ということです。
この終結部のスコアからは、ロクリアン正岡氏からの影響が感じられます。
<遠望>の作曲者・森さちやは、ロクリア旋法を駆使するロクリアン正岡氏の音楽を味わい、スコア分析もしてきました。意図的にロクリア旋法をまねた曲作りをするつもりはなかったのですが、不思議にも似た感触の旋律が生成してきたのでした。
以上、作曲後に、作曲者本人が行った分析でした。
誤解はないと思いますが、当該個所を、上記の理論的内容に従って作曲したわけではありません。時間的順序としては、曲ができたのが先で、上記の分析は後で行ったものです。
ですから、「後付けの理屈」に過ぎない、といえばそれまでかもしれません。
[別解]
アクロバティックな解釈ですが、次のような見方もできます。
Vn1・Vn2・Vlaまでは、主旋律との絡みと捉え、ロクリア旋法と、和声的ロクリア旋法(シドレミファ・ソ♯・ラシのスケール、本文中に記したように、階名で「ソ」の音が「ソ♯」のなっている個所があるため)の混交。
バスラインのみ、5度下の、♭が6つの調と見ると、終止音が階名で「シ」[実音F]となり、やはりロクリア旋法。この場合、例外音はなくなります(すべて階名で書くと、ドファシドシラシシ)。また、平行5度が形成されるのが必然的であると了解できます。
このように、低声部のみ、5度下の調で動いていると解釈すると、全体として、「ロクリア旋法とその変型」と見做すことができます。
(この別解は、このブログ記事の本文を書き上げた直後、見出されました。やはり後付けの理屈です。しかしながら、このような理論的構造が見えてきたため、これらの理屈は、今後の作曲活動に生かせる可能性もあると思います)
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テーマ - 作詞・作曲
ジャンル - 音楽
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