FC2ブログ

09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. » 11

作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

音楽作品におけるアナログとディジタル 

Posted on 08:55:20

 
 管弦楽曲を創作し、スコアに音符を書き込んでいく作業をしていると、ひとつの音楽作品には、アナログ的な側面と、ディジタル的な側面の双方が存在していることに気づかされます。
 そして、おそらくその両者は、相補的です。

 
 現在、私は、<遠望>というタイトルの管弦楽曲を創作中です。
 そのスコアに書き込む一つひとつの音符は、ディジタル情報そのものといえます。音に高さと長さとを指定する記号だからです。
 また、メロディーラインを支える低声部や伴奏を書く際に決定的に重要になる、和声進行は、Am9やⅡ7などのように記号表記されるのが一般的ですから、やはりディジタル情報です。和声構造の相対的関係と、主音の絶対的位置を指示する記号です。
 ところが、同じく記号表記されるmfや、クレッシェンドについて考えてみると、事情は微妙になってきます。
 p・mp・mf、これらは音量あるいは音の強さを指示する記号ですが、記号的には、これらの3者は不連続です。しかしながら、mpmfの中間程度の音量が作曲者にとって望まれる場合もあるでしょうし、演奏家がmpを微妙に弾き分けることもありうるでしょう。
 本来、音量の強さは連続的に変化するものですから、記号化することによって、かなりのニュアンスが失われてしまっているのです。
 音量に対する指示を、もっと細かく数量化して表記することも可能でしょう。すなわち、ディジタル情報に還元することはできるでしょう。しかしそれは、無理やりディジタル化しているわけであり、曲中での音量の変化は、本質的にはアナログ的性質のものではないでしょうか。
 ディジタル情報化できる事柄も、それらは必ずしも本来的にディジタル的事項であるとはいえません。アナログ的性質の事柄を、演奏者への伝達の便宜のために、あえて記号化している事項もあることを、忘れるべきではないでしょう。
 音量変化以外にも、演奏テンポやテンポの変化について指示する記号、♪=64とか、rit.といった表記に関しても、同様です。細かい数値情報に還元可能ですが、本来的には、アナログ的変化でしょう。一定の速度で演奏しているつもりでも、1小節中の8分音符の速さは、微妙に変動しているはずです(とくに、1小節中の最後の音符が遅くなる傾向があります)。また、リタルダンドで徐々にテンポダウンする場合も、一定のペースでダウンしているわけではなく、かなり複雑にテンポを揺らしながら、ゆっくりしたテンポになっていきます。
 演奏テンポやテンポの変化については、作曲者のイメージにおいても、演奏者の楽器演奏においても、鑑賞者においても、アナログ的に認知をしているはずです。
 さらに、メロディーラインの起伏や、楽曲の全体像、大局的な変化は、アナログ的に創案され、アナログ的に受容される性質のものでしょう。これらも不連続なディジタルデータに還元できますが、本質はアナログ的です。
 楽曲における、大局的な立体構造の変容、これは、その作品としての質の高さを大きく左右する要素であり、そこに、アナログ的発想が大きくかかわっているのです。
 現在取り組んでいる<遠望>においても、フレーズの幾何学的形態が漸次的に変容を遂げていく側面が、その作品の肝となっています。
 音符を埋めていく過程は、記号化されたディジタル情報を追加しているだけのようですが、なぜそのような起伏や変容がもたらされるのか、という必然性は、アナログ的発想の方にあり、ディジタルデータだけからではわかりません。
 
 ところで、音楽演奏は、録音によってCDやMP3ファイルやWAVファイルなどに録音できますから、作品全体をディジタル情報に還元することは技術的に可能なわけです。しかしながら、可能であることと、それが音楽の本質であるか否かとは、別次元の問題と考えられます。
 音楽作品においては、記号的要素も重要な役割を演じますが、それに匹敵するかそれ以上に、アナログ的発想やアナログ的感受性も深く関与しています。
 そして、音符の高さの不連続性を補うかのように、音量やテンポが連続的に変化し、曲想の大局的な変容も出現してきます。逆に、曲の細部においては、ディジタル的な跳躍的変化が、作品に彩りを添えます。
 
 このように、音楽作品には、アナログ的側面とディジタル的側面とが共存し、双方が相補的に作用しているのです。そのことを、作曲の過程において、リアルに感じます。
 それはひょっとすると、生命や宇宙の本質が、アナログ的側面とディジタル的側面との共存からなっているためなのかもしれません。
 
管弦楽曲<遠望>については、2018年9月18日に公開しました。


関連記事
スポンサーサイト

テーマ - 作詞・作曲

ジャンル - 音楽

△page top

△page top

Secret

△page top

トラックバックURL
→http://wood248.blog.fc2.com/tb.php/262-395bae78
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△page top

ブログ

カテゴリ

全記事一覧リスト

最新記事

コメントをどうぞ

最新コメント

最新トラックバック