04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. » 06

作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

論文「原発事故以後、科学史に課せられた責務」の要旨と本文(その2) 

Posted on 11:09:06

 
 上記のタイトルの論文の、要旨と本文です。
 (その1)からの続きです。
 
 この論考の執筆中、よくモーツァルトのピアノ協奏曲20番(ニ短調、K.466)のCDをかけていました。(ピアノは、内田光子、C.カーゾン、F.グルダ、他)
 私の中では、この曲と文章が、しばしば連動しました。
 今(この記事作成中)もかけています。
  
 興味ある方は、ご覧下さい。
 
[要旨]
 
§3.科学的思考様式もまた、ひとつのイデオロギーである
 
 科学的思考様式や科学による世界認識は、「客観的」といえるものではなく、歴史的に形成された、限定付けられた認識方法である。
 科学的世界像が、客観的・普遍的世界把握である、というのは根拠のない信仰に過ぎない。
 科学的思考様式は、ひとつの「イデオロギー」としての効力を社会において発揮している。
 
§4.科学史研究者のふたつの責務
 
 前節までの議論のような、科学の営みの前提となる枠組を明示化し、科学の自己正当化・権威付けの論理の虚飾を剥ぎ取ることが、科学史研究のひとつの重要な責務である。
 また、科学史研究者である以上、自らの属する枠組の問題や、自らが「専門家であること」に対しても、批判的検討を行わなくてはならない。これが、ふたつ目の責務である。
 この批判的検討は、自らの社会的位置と、研究内容の双方に向けられる。
 科学史研究者もまた、「専門家であることを自己目的化しない」「専門家を着脱可能な衣服の如く捉える」という姿勢が肝要である。
 
[論文の対応する部分]
 
原発事故以後、科学史に課せられた責務
―科学と科学史研究の枠組の批判的再検討―
 
§3.科学的思考様式もまた、ひとつのイデオロギーである
 
 科学的方法で得られた知見は「客観的」知識であり、自然科学の探求は世界の“真の姿”の描写を目指している、といった、信仰に近い考え方がある。
 科学者の間にも、また一般の人々の間にも、かなり根強く普及している神話である。この“客観性信仰”は、科学者共同体が、自己正当化し、権威付けを行うのに都合のよい宣伝文句として利用されているが、実質の伴わない思い込みに過ぎない。
 実験的方法と数学的解析を結びつけた実証主義的方法論を核とし、機械論的自然観に根ざした近代科学は、17世紀のヨーロッパという歴史的・地域的制約条件のものと成立してきた。人類に普遍的な思考様式などではない。近代西欧文明の価値観を反映し、また西欧文明のあり方に影響力を行使しつつ、自然科学は発展してきた。
 つまり、科学的認識方法は、世界の見方に対する「歴史的伝統」のひとつなのである(15)
 科学者は往々にして、このことに無理解である場合が多いのだが、それは科学的物の見方・考え方が当たり前と思い込むように、高校、大学、大学院の研究室で教育され、自明のものと受け取るようになっているからであろう(振り返ると私も大学時代にそのように教育された)。一定の訓練を積まないと、仮説構築や実験プランを立てることは困難である。その訓練の過程で、いわば“マインドコントロール”され、自身の思考様式が客観的・普遍的様式であると誤認するようになってしまうのではなかろうか。
 自然科学の諸分野では、分野ごとに、一定の約束事で世界を切り取っている。複雑で多様な世界を理解するために、理想的状態―真空中の運動、分子間力と大きさのない理想気体分子など―を仮定したり、物体の性質のうち数式化に馴染みやすい性質のみを考察の対象にしたりする。これらは、科学者の共同体において、歴史的に形成されてきた必然性のある約束事である。
 ある時代の科学者集団は、その研究の生産性の観点などから、一定の自然像を暗黙のうちに選び取り、その自然像と親和的な枠組を構築して、その内部で研究が行われる。そして科学教育も、その枠組の内部で行われ、科学者が再生産される。科学的世界観は、いわば“恣意的”に切り取られた約束事の上で成り立っている人為的な世界模型なのである。
 もちろん、“恣意的”だからといって、科学的認識が現実的な世界把握から無制限に隔たってしまうわけではないが、科学に内在する方法論の束縛のため、ある一定の制約を受けているのは確かであろう。
 ところで、用いる言語の違いによって、その言語で分節される世界像が異なってくることは、よく知られている(16)。人は、言語を通して、世界を把握する。
 科学者集団や、さらにその内部の個別専門集団においては、それぞれの専門用語体系が成立している。となれば、科学者共同体の世界把握は、その共同体の用いる用語と概念枠組による束縛から自由ではないし、その内部の、原子核物理学のような個別分野の専門家集団は、さらにまた異なる専門用語体系のもと、他の分野とは異なるフィルターのかかった世界像を有することになろう。
 そして、得られる科学的知識は、その知識獲得に向けて用いた方法に依拠するため、その方法が掬い取れる性質の知見のみが限定的に得られる、という構造的限界が存在する。
 したがって、科学者が“ありのまま”に前提なしに自然界を捉えている、というのは幻想に過ぎないし、科学的世界像が、客観的・普遍的世界把握である、というのは根拠のない信仰に過ぎないのである。
 ところが、問題なのは、歴史的に形成され限定付けられた認識方法である科学的方法が、あたかも唯一の正しいものの見方・考え方であるかの如く装われて、権威を伴いつつ世の中を流通している事態である。
 その意味で、科学的思考様式は、ひとつの「イデオロギー」としての効力を社会において発揮している、とみなせよう。
 
 原子核物理学者や、原子力技術者は、それぞれの専門化集団内で、独自の教育を施され、特定の訓練を経た後、特殊な専門用語と概念枠組を身につけた専門家である。そのため、必然的に、一般の人々の世界認識とは世界像にずれが生じる。
 このことを自覚して、自ら属する枠組の特殊性に対して、批判的検討を加えたり、専門外の人々との意見の流通を図ったりすることができれば、科学技術分野としての原子力は、“原子力ムラ”に呑み込まれずに済んだかもしれない。だが残念なことに、この分野での「枠組外し」(17)を自覚的に行い得たのは、武谷三男氏や高木仁三郎氏や小出裕章氏など、一部の限られた人たちにとどまった。
 大部分の多数派は、自らの専門分野の枠組内に安住し続け、人間としての人格的参与をせず、組織に責任を預けてしまっていた。
 これらの原子力の専門家に対しては、高木氏の批判的コメント、「議論なし、批判なし、思想なし」(18)がまさに当てはまる。
 自らが「専門家であること」に対して、つねに批判的検討のまなざしを向け続けることが、専門家に課せられた責務である、と私は考える。
 
§4.科学史研究者のふたつの責務
 
 前節までの議論のような、科学の営みの前提となる枠組を明示化し、科学の自己正当化・権威付けの論理の虚飾を剥ぎ取ることが、科学史研究のひとつの重要な責務である。
 西欧近代文明と歴史的発展過程を共有する近代自然科学は、近代文明が有する価値観を根底から共有している。それゆえ、近代科学の自然支配への指向性は、西欧諸国の植民地支配への指向性と共通の源から発している。
 また、科学技術の産物は、ショーウィンドウに飾られるような、価値中立のものではありえず、幾重にも、価値観や思惑の網に覆われている。
 さらに、科学的思考様式や科学による世界認識は、「客観的」といえるものではなく、歴史的に形成された、限定付けられた認識方法である。
 こうした事柄を指摘していくことは、もともと、科学史研究の中心的課題のひとつであった。そして、この役割の意義は、福島第一原発事故以降、社会的により重要性を増したのではないだろうか。
 科学の歴史的研究を通して、科学のあり方を診断し、問い直し、問題点を摘出していく。今後の科学史研究では、この方向に研究負荷を転換していく必要があるであろう。
 
 だが、科学史研究者が真剣に考慮しなければならないのは、これだけではない。
 科学史研究の蓄積の上に原発事故を置いて見えてきたのは、「専門家であること」の弊害や問題点である。専門家集団の価値観に埋没してしまい、一人の人間としての言動がとれなくなってしまう。そして、その枠組の思考様式に自己同一化してしまい、その専門家集団の世界認識を唯一の正しいものと誤認してしまう。
 こうした問題は、当然、「科学史」という専門家集団の中でも起こりうる。
 科学史研究に従事してきた人間である以上、自らの属する枠組の問題や、自らが「専門家であること」に対しても、批判的検討を行わなくてはなるまい。これが、ふたつ目の責務である。
 この批判的検討は、自らの社会的位置と、研究内容の双方に向けられるべきであろう。
 まず、「専門家であること」を批判する科学史研究者が、大学に定職をもつ「専門家」であるのは、端的に矛盾である。世の中の支配的勢力と結びつきがちな専門家を批判するその当人が、大学という制度内に安住しているのだから。
 私は、大学での職を、とりあえずの“仮の宿”の如く捉え、大学や研究の世界での評価を目標にしたり、科学史という分野の維持・発展などを目指したりしない、という立場に踏みとどまることで、かろうじて人間としてのバランスが保てるのではないか、と考えている(19)。原子力分野の専門家でありながら、原発を批判し続けた小出裕章氏のように。
 つまり、「専門家であることを自己目的化しない」という科学史から得られた教訓を、自らにも課すのである。
 本来、学問的研究の本質的動機は、専門の外にある。人間や世界の探究、よりよい人間社会の実現、といった目標こそが大事なのである。
 専門家であることはそのための手段に過ぎない。必要に応じて、専門家は脱ぎ捨てられねばならない(20)。場合によっては、専門家としてではなく、人間として全人格的参与をすべきである。「科学史研究者」という専門服は、状況に応じて自在に着脱可能なものにしておく必要がある。言い換えれば、自らの社会的位置を常に相対化して捉える視座を意識し続ける、ということである。
 次に、科学史の研究内容に関して、批判的検討を加えてみたい。
 科学史の分野自体にも、歴史観や研究方法に流行があり、パラダイムの変遷があった。過去半世紀ほどの科学史の動向から、このことは明らかである。科学史研究もまた、他の学問諸分野と同様に、独自の枠組に縛られている。そしてそのことによる弊害が生じていることがある。このことを自覚せねばならない。
 たとえば、科学史の新しい研究方法が提唱され、創設される場合、その最大の実質的目的が、科学史研究者の仕事を確保し、科学史という専門分野を拡大することにあることも、ないわけではない。その場合、科学への批判的視座の維持が軽視されたり、科学の営みに迎合的になったりすることにつながりかねない。研究の重心が、専門研究の推進自体にシフトしてしまうからである。
 科学史研究者は、往々にして、他の分野の研究に対しては枠組依存の状況を指摘するのは得意なのだが、自分たちも同じ病状に蝕まれていることについては、私を含めて、無自覚であることが多い。
 私自身がある歴史的視点に固執していたこと―キリスト教との関わりのみから科学の歴史を裁断しすぎていたこと―が、他の分野の研究者との会話から見えてきたこともあった。自らの領域固有の傾向・歪みは、自らの考察を、関連の薄い異業種の人々に説明しようとする際に見出されることがしばしばある。他領域と科学史とを包み込む共通の土俵にまで降りて、普段とは異なる思考を紡ぐためであろう。
 ここでもまた、「専門家であること」を脱ぎ捨てることによって、良好なコミュニケーションが創発する可能性が広がる、という構図を確認できる。
 科学史研究者という「専門家であること」に対する、社会的位置と研究内容をめぐる批判的検討から展望されてきたことは、科学に対する科学史研究から得られた教訓と異なるものではない。
 科学史研究者もまた、「専門家であることを自己目的化しない」「専門家を着脱可能な衣服の如く捉える」という姿勢が肝要なのである。
 
 研究者が、専門家でありつつ、あるいは専門家という服を脱いで、その専門性の問題点や限界に自覚して、その枠組を相対化し、批判的検討を加え、一人の独立した市民としての立ち位置から考え、行動する。
 研究者のあるべき姿はこうであろうと私は思う。
 科学史研究者は、科学の営みに対して、そして自らの研究活動に対して、批判的視座を保ち続けたいものである。
 

 

(15) P.K.ファイヤアーベント、村上陽一郎・渡辺博共訳『方法への挑戦―科学的創造と知のアナーキズム―』(新曜社、1981)、第18章。

(16)ガイ・ドイッチャー、椋田直子訳『言語が違えば、世界が違って見えるわけ』(インターシフト、2012)

(17) 竹端寛 『枠組み外しの旅―「個性化」が変える福祉社会―』(青灯社、2012)、のキーワード。

(18) 高木仁三郎『原発事故はなぜくりかえすのか』(岩波書店、2000)、第1章。

(19) 私の生き方としては、以前からその傾向があったのだが、原発事故以降の思索の結果、明示的に言語化してこの立場を採るようになった。

(20) これは、次の著作に触発されて諒解されてきた考え方である。

 柴谷篤弘『反科学論』(みすず書房、1973)

関連記事
スポンサーサイト

テーマ - 科学

ジャンル - 学問・文化・芸術

△page top

△page top

Secret

△page top

トラックバックURL
→http://wood248.blog.fc2.com/tb.php/26-0df0910b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△page top

カテゴリ

全記事一覧リスト

最新記事

月別アーカイブ

コメントをどうぞ

最新コメント

最新トラックバック