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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

遺伝子還元主義は、どこで勘違いをしたのか 

Posted on 10:11:41

 
 「利己的遺伝子」や「生物は遺伝子の乗り物」という比喩に代表される、生命活動の主役が遺伝子DNAである、とみなす考え方があります。遺伝子還元主義とか、遺伝子決定論などといわれる立場です。
 この見方は、21世紀の生命科学の進展に伴い、旗色が悪くなってきました。システムズバイオロジーやエピジェネティクスによる新たな知見は、遺伝子還元主義的な解釈と相性が良いとは言えず、むしろ、遺伝子が生体のシステム全体における一つの因子に過ぎないことを、強く示唆しています。

 
 歴史を19世紀の前半まで遡ると、生物学における還元主義的手法の成功例に行きつきます。「細胞説」のことです。
 当時の西欧の研究者たちは、改良された顕微鏡で細胞を観察し、細胞の中に核を見出し、細胞こそが生命活動の主役となる最小単位であろう、と推測しました。
 細胞は、生命を有する単位であり、また、多細胞の共和国の一員である。さらに、細胞以外の組織なども、細胞に由来する――こうした内容の「細胞説」が、1840年頃に提起されました。
 「細胞は細胞から」と表現されるように、細胞は分裂によって細胞から形成され、世代交代という生命の連鎖も、精子や卵子や受精卵といった細胞の単位が担っています。また、単細胞生物は、ひとつの細胞のみで完結した生命活動を営んでいます。そうしたことから、細胞が生命活動の最小単位である、という認識が、広く共有されていきました。
 
 その還元主義的志向・思考の延長上に、遺伝子DNAの探究を位置づけることができるでしょう。
 遺伝子の実体が化学物質のDNAであることが判明する前の時代、20世紀の前半には、すでにメンデル遺伝学が成立しており、「遺伝子が形質を決定する」あるいは「遺伝子と形質が対応する」という枠組で、遺伝現象を理解しようとしていました。
 またその頃に、ネオ・ダーウィニズムという進化要因論の図式が確立し、生物進化の主要因として、「遺伝子の突然変異」が重視されるようになりました。突然変異した遺伝子に対応する形質をもつグループのうち、たまたま環境によりよく適応するグループが生存競争を生き延び、地理的隔離などが作用することで新種が出現する――といった図式です。
 20世紀の生物学史の流れからわかることは、遺伝子の実体がわかる以前にすでに、「遺伝子を生命活動の主役と捉える」という研究の「枠組」が成立していたのです。遺伝子還元主義は、20世紀前半から生物学の探究領域に浸透していた「準拠枠」だったのです。
 そして、1950年頃に遺伝子の正体がDNAであると判明し、それが塩基配列という遺伝情報を持ち、二重らせん構造をしている化学物質であることが解明されました。
 生命活動の最小単位である細胞中には核があり、その核の中の染色体の中に、DNAが折りたたまれて収納されている。DNAは細胞分裂と連動して自己複製する。またどんなたんぱく質を作るべきかという情報を担っているようだ。このDNAこそが、生命活動の主役だろう。そのような「前提」で研究を進めていこう。
 大まかには、上記のような思考過程を経て、分子遺伝学の研究枠組が形成されていったと考えられます。つまり、「生命活動の主役が遺伝子DNA」というのは、研究の結論なのではなく、その研究分野での「前提」であったのです。
 そして、その前提に整合的な知見が、20世紀の後半に次々と見出されました。また、遺伝子を改変することによる技術的成果も続々と得られてきました。そのため、その前提に対する疑いの視線は影を潜め、「公理」のごとくに了解されるようになっていたと思われます。
 そのため、「遺伝子DNAが生物体の形態や機能を決定づけている」という遺伝子万能論が、生物学上のいろいろな議論で通説のごとく流通するようになっていったのです。
 
 ところが、遺伝子DNAが実質的に同じでも、形態が大きく異なる事例がいくつもあることがわかってきました。たとえば、ミツバチの女王は、メスの働きバチと同じ遺伝子を持ちながら、ロイヤルゼリーを食べ続けるという食生活の違いにより、女王バチの形態を獲得するそうです。
 遺伝子の発現の仕方は、細胞外の要因や個体外部の環境要因によって、抑制されたり活性化されたりすることがしばしばあることがわかってきました。遺伝子は、外界と複雑な相互作用をしているのです。
 また、DNAの情報は、必要に応じて部分的に読み取られるのですが、その際に、各種のたんぱく質が協働して、読み取る部分を選択し、転写を開始します。さらに、できたたんぱく質の一部が加工されたり、複数のたんぱく質が様々に組み合わされて連動して機能したりします。遺伝子情報の発現には、たんぱく質とDNAとがネットワークを形成しているわけです。結局、遺伝子も、細胞内のシステムの一員であり、そのシステムを支配している独裁者ではありません。
 関連する興味深い事例として、動物の大きな分類群を超えて共有されている、体の形を決定するホックス遺伝子という発生遺伝子があります。その遺伝子群が昆虫で働くと、例えばショウジョウバエの頭部から尾部にいたる昆虫の外殻の基本構造ができますが、哺乳類で作動すると、頭から尻までの椎骨の配置が決まるのだそうです。「生物は同じ遺伝子をやりくりしながら形態を変化させていった」ということです(池田清彦『「進化論」を書き換える』新潮社、2011年、p.137)
 さらに、「遺伝子が形質を決定する」という構図からは、(鍛えて発達した筋肉のような)獲得形質が遺伝することは理論的に否定されますが、植物では、獲得形質の遺伝に相当する観察事例がたくさんあるそうです。動物でも、例えばマウスでは、食餌の違いに応じて毛の色が変化し、それが子孫にも継承される可能性が示唆されています。遺伝子が変化しなくとも、遺伝子発現のプログラムは、環境の変化に対応して柔軟に調節されているようなのです。(佐々木裕之『エピジェネティクス入門』岩波書店、2005年、4章より)
 まとめますと、遺伝子は、生物によって「活用されている」のです。
 
 このように、20世紀のメンデル遺伝学やネオ・ダーウィニズムや分子遺伝学の「準拠枠」や「前提」に抵触するような新たな知見が、次々に積み重ねられてきました。現在から歴史を遡って見直してみると、「遺伝子が生命活動の主役である」という命題は、生物学の探究の成果や結論のたぐいではなく、かつての探究の「枠組」あるいは「前提」であったことがはっきりと見えてきます。
 つまり、遺伝子還元主義は、「枠組」あるいは「前提」を、「結論」と見做す勘違いを犯していた、といえましょう。
 
 そして、その「枠組」は、現在、基盤ごと揺さぶられつつあります。言い換えれば、遺伝・発生・進化などにかかわる生命科学の諸領域において、「パラダイムの転換」が進行中、ということではないでしょうか。
 遺伝子DNAは、細胞が単体でも生きて活動しているのとは異なり、DNAのみでは作動しません。細胞という、情報を解釈するシステムが存在するからこそ、遺伝子の情報が生きてくるのです。遺伝子DNAは、「生体システム中の情報系としての一因子」であり、「生物によって使われる存在」なのです。
 かつて、「生物は遺伝子の乗り物」という比喩が広まりましたが、それはやはり倒錯した見方であったと思います。遺伝子が主役ではありません。「生物が遺伝子を活用している」というのが、実情に近い表現のように思われます。
 
 「全体は部分の総和以上のものである」という、さまざまな分野で使い古された命題は、今日の生物学でも通用するようです。
 
今回のブログ記事では、とりわけ次の2冊の書籍を参考にしました。
 デニス・ノーブル、倉智嘉久訳『生命の音楽―ゲノムを超えて―』新曜社、2009年。
 シャロン・モアレム、中里京子訳『遺伝子は、変えられる』ダイヤモンド社、2017年。
 なお、『遺伝子は、変えられる』というタイトルは、誤訳に近いと思われます。この著作の趣旨は、遺伝子が変わらなくとも、遺伝子の使い方が変わることにより、「運命は変えられる」ということです。遺伝子をあたかも運命のようにとらえたタイトル表記からは、「遺伝子決定論」の思考枠組の根が深いことを伺わせます。


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