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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

リンネの鉱物分類と3の倍数 

Posted on 12:20:52

 
 近代的分類学は、18世紀の中頃、スウェーデンの学者、カール・フォン・リンネによって確立されました。
 リンネが行った植物分類と動物分類はよく知られていますが、リンネは、「鉱物」の分類も行っています。その鉱物分類を見ると、興味深いことに気づきます。

 
 リンネはしばしば、「近代分類学の祖」などと呼ばれます。その最大の理由は、彼が提唱した分類の方法論が、のちの分類学者たちに継承されたためです。
 リンネは、植物分類と動物分類において、4段階の階層[綱-目-属-種]を設定し、その枠の中に、個別の種を位置づけていきました。たとえば、キツネならば、[四足綱-獣目-イヌ属-キツネ]となります(リンネ、1735年による)
 今日の生物分類では、「門」や「科」などが導入され、もう少し多段階となってはいますが、「階層分類」の構図が採用されている、という点では、リンネが設定した準拠枠が継承されているわけです。
 もう一つ、リンネは、種の正式名称の付け方について、簡便な方法を提唱し、それがのちの分類学での命名法の基準となりました。「2名式命名法」または「二名法」と称されるやり方です。
 [属名-種名]の順に、簡潔にラテン語表記するやり方です。前記のキツネならば、[Canis Vulpes]となります。
 つまり、分類のやり方の基本ラインは、リンネによって設定された、ということです。
 
 さて、リンネは植物と動物のみならず、「鉱物」の分類も行っています(今日には全く引き継がれていない分類ですが)
 リンネの主著とされる『自然の体系』は、版を重ねて、第10版では2000ページを超える大部となりましたが、初版(1735年)においては、十数ページの冊子でした。その初版においては、鉱物・植物・動物が、対等に扱われています。
 その初版の日本語訳を通覧したところ、特に鉱物分類をめぐって、いくつかの興味深い事柄に気づきました。
 それらを、ここで紹介します。
(千葉県立中央博物館編『リンネと博物学』文一総合出版、2008年、にラテン語の原文と翻訳が収録されています。pp.3-38)
 
 まず、鉱物の分類でも、リンネは[綱-目-属-種]の階層分類を貫いていることがわかりました。リンネにとって、鉱物・植物・動物は同格の存在だったとみられます。
「物体は自然の三界に区分される。すなわち、鉱物界、植物界、動物界である」(同書、p.7)というリンネの見解とも、整合的です。
(今日の視点からは、生物進化の起こらない鉱物界に、植物や動物と同じ枠をかぶせる方法には、違和感があります)
 また、リンネが「3区分」を好んでいるらしいことにも気づきました。
 自然界の3区分の一つである鉱物界は、3つの「綱」に分かれます(岩石綱・鉱物綱・発掘物綱)。そして、それぞれの綱は、どれも3つの「目」に区分されているのです。目の単位で言えば、鉱物界は9つの目に分類されているのです。
 植物と動物の綱区分に関しては、3区分ではないのですが、それぞれ、24綱、6綱と、3の倍数で区分されています。たまたまかもしれませんが、気になります。リンネが、3や3の倍数を偏愛していたのではないか、と考えたくなります。
 キリスト教の、父と子と精霊の「三位一体」を連想します。3つの下位区分(位格)が統合されて、ひとつの上位の位階(実体)が形成される、という構造が、類似しています。
 さらに、その初版の最初のベージからは、キリスト教の“宗教的な香り”を感じました。「自然の三界についての所見」の見出しのもと、次のような文章が散見されます。
「神のなされた御業を観察すると…」「…これこそすなわち神であり、そしてその御業は創造と呼ばれる」「その理由[人間が存在する理由]はこのすばらしい御業を観察するものがその創造を讃えるがために他ならない」(p.7、[]内は森による)
 リンネの父親は、ルター派教会の牧師でした。父親から、篤い信仰精神を受け継いだようです。
 18世紀も半ばとなれば、フランスでは啓蒙思想が拡がり、人間の理性への楽観的な信頼のもと、無神論、あるいは宗教批判が登場してきます。その時代においても、リンネは、「神が創造した自然界」という固定観念のもと、自然界の区分に取り組んだのでした。
 そのリンネの初版本では、鉱物・植物・動物の分類が、一覧表の形で提示されています。神の隠れた意図を、自分が明らかにした、という自負の念が、その著作からは伝わってきます。
 ミッシェル・フーコーは、18世紀の自然科学の動向を、「タブローの時代」と総括しました。一覧表を作ることが最重要課題である、との認識が共有されていた時代、といった意味合いです。
 私も同感です。リンネの提示した一覧表は、まさにその時代精神の象徴的事例といえそうです。
 リンネにとって、その一覧表は、「神の著作目録」といった意味を持つものだったのでしょう。


 

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