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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

キルヒャーの『普遍音樂』の根本思想 

Posted on 11:59:15

 
 17世紀の稀代の碩学、アタナシウス・キルヒャーが著した、『普遍音樂』という奇書がありますMusurgia universalis, 1650)。あまりに幅広い事柄を扱っているため、とても要約などできそうにない書物なのですが、あえて、この著作の核心となるエッセンスを、抽出してみたいと思います。

 
 キルヒャーが関心を持っている領域は、多岐にわたります。この著作にみられる探究分野を挙げてみると、動物・植物、解剖、神学、統治論、魔術、音楽理論(音律・和声・作曲など)、楽器の構造、算術、幾何、天文、などです。
 これらの諸領域が、「普遍音楽」の構想のもと、キルヒャーの内部では秩序だった世界として編纂されているのでしょう。
 では、その中軸となる、彼の構想の本質は何なのでしょうか。
 それは、次の言明に凝縮されていると思います。
 
「事物の本性はあらゆる点で、音楽やハルモニアに関連がある」
「全世界の本性は完全な音楽に他ならない」
(アタナシウス・キルヒャー、菊池賞訳『普遍音樂―調和と不調和の大いなる術―』工作舎、p.306)
 
 これが、この著作のエッセンスである、と私は判断しています。
 
 さて、最後の第六巻「類比」では、神による天地創造から語り始めて、「神の音楽、あるいは神と地上世界との調和」の章で終わります。
 「神はオルガン奏者である」といいます。また、被造物間には、「完全なシンフォニーと調和」を読み取ります(pp.308-309)。3日目には、「オルガン奏者がオルガンを巧みに弾くように、大地はありとあらゆる多様な草木、植物、樹木、種子、果実を成長させた」(p.312)と語ります。四元素や天体や動物においても、創造における音楽的調和を見て取ります。
 そして、神の被造物である、人間や動物や草木や石などは、「それぞれの方法で交感する」(p.329)といいます。音楽での「和声」や「共鳴」と似た感覚で、存在物間の「交感」を理解しているようです。「天と地には固い絆があってハルモニアの調和で結ばれている」(p.331)のです。
 第六巻のタイトルの「類比」の基礎となっているのが、音程の間隔と、星界(太陽や月や惑星)との照応です。
 335ページに掲げられた一覧表(クリックで画像表示)をみると、地球と月の関係は「長2度」(トヌス)の音程に、地球と太陽の関係は「完全5度」(ディアペンテ)の音程に対応する、と読み取れます。
(「プロスランパノメノス」とは、文脈によって「最低音」や、それに対応する「土」を意味するようです。星界においては、大地、あるいは地球、ということでしょう)
 また、この表を見ると、太陽と照応する四足動物をライオンと見做していたこともわかります。リンゴや水銀は水星に、鷲やバラ色は木星に対応するようです。
 太陽系の最も外側の土星と地球が、1オクターヴ(ディアパソン)を形成する音程となっていることもわかります(明らかに、地球中心の宇宙像です)
 こうした音程の間隔との照応は、キルヒャーによって、至る所に見いだされます。
 例えば、味覚における調和です。
 肉や卵などの脂質は、心地よい美味と甘さのため、「完全5度」と見ます。一方、塩味は「完全4度」に対応します。塩味は、「単独では心地よくないが、脂質と一緒にすると、最高に楽しむことができる」(p.359)といい、5度と4度から1オクターヴが形成されることと類比的に捉えています。
 あるいは、人間の内臓の活動の間にも、音程間隔の類比が適用されます。
 肝臓のなかの精気の働きと心臓の動きは、「完全5度」で協和していると見ます。心臓と脾臓の動きは、オクターヴで協和しているとのことです。「心臓の中の精気よりも二倍ゆっくりと動くため」(p.351)だそうです(古代ローマ時代のガレノスのプネウマ理論を継承しているらしいのがわかります)
 このように、世界の存在の仕方にも、人間の活動様式にも、音楽的調和、ハーモニーが貫徹している、とキルヒャーは認識していたわけです。
 
 17世紀の学者としては、自然科学の諸分野に関しては、古代・中世的な思考から抜け出せていないようにみられますが(天動説やガレノスの生理学説など)、かえってそれ故に、近代に入って忘却されていった伝統的な音楽的世界観を温存しているといえそうです。
 ピュタゴラスやボエティウスらが構想し、ケプラーも傾倒した、「世界には音楽的調和が満ち満ちている」という世界観、「音楽は世界の調和を反映している」という音楽観を、キルヒャーは継承した人物といえるでしょう。
 具体的な類比の内容についてはまともに受け取る必要はないかもしれませんが、キルヒャーが持っていたであろう、世界に存在する事物に対する「交感力」や、他者に対する「移入力」、類比に見られる「想像力」については、軽視するわけにはいかないでしょう。そうした感受性は、人間が本来持っていた野生の能力として、現代においてこそ、再認識すべきなのではないでしょうか。
 キルヒャーにとって、人間と世界とは対立していません。むしろ、人間の中に宇宙が内面化されています(心臓は太陽、脳は月、肝臓は木星、生殖器は金星、など、p.337)。そして、世界中に存在する多様な動物や植物や鉱物などを祝福していると感じられます。
 こうした、古代人的な野生の感受性が随所に迸り出る書物の中核の思想が、「全世界の本性は完全な音楽に他ならない」という音楽的世界観であったのです。


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