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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

類人猿や猿人の音楽と、音楽の原点 

Posted on 11:50:44

 
 霊長類の脳や認知機能の研究者、ディーン・フォークは、ある論考の中で、音楽の原型を、チンパンジーやゴリラが発する「パント・フート(pant hoot)に求めています。
 今回のブログでは、彼のその考察を紹介し、それに関連して私が思いついたことを、記しておきます。

 
 これから紹介するディーン・フォークの考察は、次の著作の第13章「ホミニッドの脳の進化と音楽の起源」の一部です。
 
ニルス・N・ウォーリン他編著、山本聡訳『音楽の起源・上』(人間と歴史社、2013年)
 
 さて、「パント・フート」の具体例として、フォークは次のような報告事例を引用しています。
 
「すぐ近くにいる1頭のゴリラが突然に声を発した。すると別の1頭がこれに加わり、さらにもう1頭が加わった。3頭はそれぞれ勝手に高い声や低い声で、フー、フーと鳴いたり鳴きやんだりを繰り返していた。やがて1頭の声がクライマックスに達し、そのオスが胸を叩きだすと、他の2頭のオスもそれにしたがって胸を叩きだした。このような一連の行動は普通数分続き、それが繰り返し行われる」(ジョージ・シャラーによる1963年の報告、同書、p.331より)
 
 こうした"歌"のほかに、チンパンジーでは、木の幹を両手や両足を使って叩く「ドラミング」行動をすることもあり、その時、パント・フートも伴うそうです(pp.332-333)
 
また、パント・フートには、"楽曲"としての内部構成があるようです。次のような指摘もあります。「通常パント・フートは「導入」「盛り上がり」「絶頂」「沈静」という4つのパートから成り立っている」(p.72)
 
 ところが、こうした発声には、ベルベット・モンキーが鷹の襲来を知らせるアラーム・コールを発する行動などとは異なり、「明確な指示性がない」と指摘しています(p.333)
 また、類人猿の音声にはヒトの言語の特性である「意味性と生産性がない」点を重視して、そうした発声を「原言語のモデルとみなすには無理がある」としています(p.336)
 フォークは、言語と音楽とが、初期人類からの進化とともに、共進化を遂げてきた、という見解を支持しています。その一方の言語については、原型を類人猿には見出していないようです。
 一方、音楽の起源に関しては、音楽を「どのように定義するかによって異なってくる」と留保をつけたうえで、次のように語っています。
 
「アフリカの大型類人猿が行なうパント・フートのコーラスは声の高さが変化し、ドラミングを伴うので、歌唱や音楽の原型はパント・フートのコーラスに似たようなものではないかとも考えられる」(p.336)
 
 現在のアフリカに棲息する類人猿たちがパント・フートを行なうならば、祖先を同じくする初期人類、アウストラロピテクスのような猿人たちも、パント・フートを行っていた可能性は高いでしょう。
 パント・フートを音楽とみなせるか否かは、見解が分かれるかもしれませんが、少なくとも、音楽の先駆形態ではあるでしょう。その意味で、霊長類やヒトの進化における「音楽の原型」との見方は妥当であると思われます。
 
 ところで、私がこの考察でとても面白いと感じたのは、そのパント・フートが、生存上や配偶行動における適応的観点と、直接にはあまり関わりをもっていないであろう行動であることです(間接的には関わりがあるかもしれません)
 食料の調達や、配偶者の獲得や、敵の襲撃の回避、といった、個体や群れが生き延びるための戦略としての行動と解釈するには無理がある、意味を読み取りにくい、不思議な振る舞いに映ります。
 さてここから先は、私の推測、あるいは想像なのですが、チンパンジーやゴリラが、なぜそのようなパント・フートを行うのか、私にはとてもよくわかる気がするのです。
 おそらく彼らは、パント・フートによって、「生きている喜び」を全身で表出しているのでしょう。
 また、取り巻く世界との「共鳴感」を味わっているのでしょう。
 私には、そのように思われます(ただし、私の音楽観が投影されている可能性は否めません)
 
 そうであるならば、やはり、パント・フートは「音楽の原点」といえましょう。
 現代においても、音楽は「生きる喜び」を表明する媒体でもあり、また、世界と溶け合う陶酔感覚を味わう経験でもあります。むしろ、今日の音楽では見えづらくなってしまっている原点が、パント・フートには粗削りなままで表れている、といえるのではないでしょうか。
 パント・フートが想い起こさせてくれる音楽の原点を、現代の音楽活動においても忘却することなく、活かしていきたいものです。


 

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