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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

生物進化論と地球温暖化説(1)―事実問題と要因論― 

Posted on 09:14:57

 
 私は科学史研究者として、進化論の歴史の周辺を調べてきました。また、科学論争史にも興味を持ち、地球温暖化をめぐる論争に関しても、追跡してきました。
 私は、この二つの学説にいくつかの共通点があることに気付きました。そこで、何回かに分けて、その共通する構図について、書き残しておこうと思います。

 
事実問題と要因論を分けること
 
 生物進化論の妥当性を検討する際、議論の出発点として、「事実問題」と「要因論」とを切り分けることが肝要です。
 長い地質学的年代を通して、単純な生き物が多様化・複雑化してきたこと、たいていの生物分類群は、共通祖先から分岐してきたこと、多くの生き物は、その生存環境に適応しているようにみえること。こうした事柄が、生物進化の「事実問題」です。
 それに対して、生物進化がどのようなメカニズムで進行してきたかを推測するのが、「要因論」です。
 ダーウィンは、適応現象や多様化・複雑化といった、生物の形態や機能の変化の要因として、「自然選択説(自然淘汰説)」を提起しました。大まかには、次のような学説です。
 同種内の個体変異のうち、たまたま環境条件によりよく適応するグループが生存競争に勝ち残る。環境が長期的に変化していくと、それにつれて生物の形態・機能も変化していく(例えば、キリンがなぜ長い首を持つようになったのか、という問題に対しては、ウマ程度の首であった祖先の時代に、高いところにある木の葉を食べざるを得ない環境条件下、より長い首を持つグルーブが生存競争を生き延びてきた、と説明されます)。そして、地理的隔離などの要因が作用すると、新種が形成されることがある。
 今日のネオ・ダーウィニズムにおいては、さらに、種内の個体変異の原因として、遺伝子の突然変異が、学説の中で重要な位置を占めています。
 ところが、自然選択説に批判的な学説も存在します。その異説は、「要因論」レベルでの批判的見解となるわけです。
 このように、生物進化論が正当な学説であるか否かを議論する場合、2段構えで、まずは「事実問題」について吟味し、その上でさまざまな「要因論」を比較検討する、という順序を踏むことになります。
 進化論をめぐる歴史的論争では、この両者が混同される場合もありました。そのため、不毛な議論となってしまうことが往々にしてありました。
 
 それと同様に、地球温暖化説の妥当性を吟味する場合も、事実問題と要因論とを区別して検討しなくてはなりません。
 20世紀の地球の平均気温が上昇傾向にあったのかどうか、もしそうだとすればそれはどの程度であったのか、また、19世紀以前の地球の気候変動はどのような傾向があったのか。こうした事柄が、地球温暖化説における「事実問題」です。
 それに対して、20世紀の温暖化傾向が事実であるならば、それをもたらした主原因は何なのか、を探究するのが「要因論」です。
 現在、その要因論として、「CO2温暖化説」が通説として流通していますが、それに対する批判・異説もあります。代表的な異説に、「太陽活動主原因説」があります。
 このレベルでの議論は、「要因論」における論争となっているわけです。
 このように、地球温暖化説の正しさを見極めようとする場合も、2段構えで、まずは「事実問題」について吟味し、その上でさまざまな「要因論」を比較検討する、という順序を踏むのが筋でしょう。
 「地球温暖化説は間違っている」という主張をする場合、それが「事実問題」に関する言明なのか、「要因論」に関する考察なのかを判別しなければ、意味をなさなくなります。
 
事実問題に関して
 
 さて、事実問題については、科学的データ・証拠に基づいて判断ができます。
 事実問題レベルでは、生物進化の証拠は多くの個別分野から蓄積されてきました。
 地層から掘り出された化石と年代判定により、地質学的年代と対応する生物形態の多様化・複雑化の歴史の細部が、少しずつ精度を増して描かれるようになっています。また、DNAの類似性の解析によって、共通祖先からの分岐パターンが推測できるようになりました。あるいは、たとえばオーストラリアの有袋類の適応放散現象、フクロモモンガやフクロモグラなどの存在は、環境への適応の好例となっています。さらに、動物や植物の細胞の共通性や、遺伝システムの共通性など、共通祖先からの分岐を強く示唆する生物学的証拠が豊富に存在します。
 それゆえ、生物進化論の「事実問題」に関しては、疑義をさしはさむ必要はないでしょう。
 
 では、20世紀の地球温暖化の「事実」は、どの程度妥当なのでしょうか。
 基礎データとして、全地球の平均気温のグラフが描かれていますが、全地球上からバランスよくデータを集めるのには困難が伴います。観測地点に偏りがあるからです。
 20世紀前半からデータが豊富に存在しているのは、先進国の都市部であり、南半球や田舎の地方の観測地点は限られていました。また、海上のデータや、極地の気温変動の信頼度の高いデータは、20世紀の後半になってからです。
 したがって、データを単純に平均するわけにはいかず、重みづけをしたうえで、データ処理をしなければなりません。それゆえ、そこには研究者の判断が入り込むことになります。そのため、20世紀前半の平均気温を再構成するにあたっては、ある程度の推測幅を持たせることになるわけです。
 上昇幅は、先進国の都市部の方が、途上国よりも大きい傾向にあるため、その重みづけのさじ加減で、20世紀の温暖化の程度が少々変わります。
 しかしながら、気温の変動のパターンが世界中で似ていたり、気温以外の様々な気候変動の指標(放射性同位体など)が、同様の傾向を示したりすることから、大まかには20世紀に温暖化の傾向があったことは疑いないように思われます。また、1940年頃から1970年頃にかけて、横ばいないし下降期があったことも確からしいです。
 総合的に判断すれば、20世紀の地球温暖化は、提示された上昇幅の精度は保証できないものの、トレンドは確定できるため、「事実問題」として妥当である、とみなせるでしょう。
 
 生物進化論にしても地球温暖化説にしても、科学的な議論の中心となるのは「要因論」レベルの問題であります。
 
「生物進化論と地球温暖化説(2)―再現実験が困難―」に続く。


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