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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

音楽表現における「対比」の類型とその意味 

Posted on 08:58:36

 
 音楽表現には、さまざまな「対比」があります。
 作曲する視点からは、主な対比には、横軸方向の対比と、縦軸方向の対比がある、と類型化できます。
 横軸と縦軸とは、スコアにおける横方向、即ち時間軸方向と、スコアにおける縦方向を指します。

 
 時間軸方向の対比には、たとえば、ソナタ形式における第1主題と第2主題との対比があります。峻厳な第1主題に対して、柔和な第2主題が配されることがよくあります。
 また、リート形式やポピュラー音楽では、1コーラス内が、AABAの構成をとることが多いですが、その主題部AとサビとなるBは対比的なメロディーラインとなります。
 あるいは、ロンド形式に典型的な、ABACABAにおいても、AとBやCとの間に旋律上や曲想上の対立が形成されます。
 フーガにおいても、主題と対主題や、主題と応答との間に対照的な(転調や反行形や展開形などの)構図が立ち現れます(フーガの場合は、縦軸方向の対比も同時に成立しています)
 
 その一方、オーケストラのスコアの縦方向に形成される対比があります。
 たとえば、対位法における主旋律と複旋律がそうです。あるいは、バロック音楽での通奏低音と主旋律も同様です。
 そして、縦方向の対比の代表格が、「協奏曲」という編成上の対比でしょう。
 オーボエ協奏曲やヴァイオリン協奏曲など、主役のソロ楽器と、大人数の管弦楽との間に、明瞭な対比が形成されます。音楽は時間芸術ですから、その両者の対比は時間的展開の過程で具現化されますが、潜在的には、縦軸上に、編成の段階で孕まれていた対比といえます。
 ソロ楽器とオーケストラとが、対話したり協調しあったりします。また、ソロ楽器奏者には、カデンツァなど即興的なパッセージが配され、高度の技巧が発揮されるのが普通です。譜面に忠実で秩序立ったオーケストラと、対照的です。
 さらに、バロック時代の協奏曲のもうひとつのタイプとして、「合奏協奏曲」という曲種があります。コレッリやヘンデルらが多くの作品を残しています。
 数名のソロ楽器群[コンチェルティーノ]と、大人数の弦楽合奏[リピエーノ]という編成で、両者の間に、さまざまな対比が配されます。音量の対比、音色の対比、技巧上の対比などです。
 
 さて、こうした協奏曲における「対比」の歴史的伝統を踏まえると、より鮮明な対比を現出させるための一方策として、上記の合奏協奏曲の[コンチェルティーノ]に、クラシック音楽以外の小編成のバンドを代入してみてはどうか、というアイデアが浮かんできます。
 それが、「ジャズバンドと管弦楽との対比」の発想です。
 管弦楽は、整然とした秩序の世界の描写が得意です。その一方、ジャズバンドは、即興性や情念的な表現を得意とします。この両者を、ひとつの曲の中でぶつけてみたら、どんな音楽世界が開かれてくるのか、私は興味津々となりました。
 もしヘンデルが現代を生きていたら、サーヴィス精神豊かな彼ならば、こうした発想を躊躇なく具現化したであろう、と想像します。
 私は、このような「対比」を構想の中心軸として、何曲か創作を試みました。そのうちの代表作が、<高原の風>です。
 

 
 実は、これに類する試みは、ジャズの方からも既になされています。ジャズバンドに弦楽合奏を加えた、“With Strings”というタイプです。チャーリー・パーカー(アルトサックス)や、クリフォード・ブラウン(トランペット)、最近では、私の好きなピアニスト、アラン・ブロードベントもこの編成の作品を残しています。
 
 クラシック音楽では、「協奏曲」形式によって、ソロ楽器の即興性や豊かな感情表現を取り入れ、ジャズでは、“With Strings”によって、弦楽合奏の整然とした調和的世界を導入してきた、と見ることができるでしょう。
 クラシックもジャズも、ともにより鮮明な「対比」を求めて、似た編成にたどり着いたものがあったのです。一種の収斂進化かもしれません。
 
 では、なぜ音楽ではさまざまな対比的表現が追究されてきたのでしょうか。
 それは、端的に言えば、この世界や人間の精神がさまざまな対比で構成されているからでしょう。そして、音楽は、この世界の在り方を表現しようとしてきたのです。
 天と地、光と闇、太陽と月、夏と冬、陸と海、動物と植物、男と女、善と悪、意識と無意識、表と裏、建前と本音、中心と辺縁、などなど、二元対立とその絡みあいが、この世界や人間精神の軸となって生起しているからです。
 音楽は、それらの対立を人間精神の内面を経由したうえで、表出しようとします。その結果、世界の複層的な対比が反映され、音楽の構造も幾重にも対比が折り込まれるようになるのでしょう。
 音楽家たちの本能的な「対比」への欲求の背後には、音楽と世界との本質的な関係があったのです。


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