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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

レヴィ=ストロースの音楽論(3)―ラヴェルの楽曲<ボレロ>の分析― 

Posted on 11:20:58

 
 神話と音楽との間に、構造的類似性があると指摘する人類学者、レヴィ=ストロースは、その具体例として、ラヴェルの楽曲<ボレロ>の分析を試みています。
 今回は、その分析を紹介することにします。

 
 レヴィ=ストロースの『神話論理』の最終巻の最終章「終曲」では、再度(第1巻の「序曲」に続いて)、神話と音楽との間の比較考察を行っています。そして、音楽にみられる神話的構造の代表的事例として、ラヴェルの作品<ボレロ>を取り上げています(クロード・レヴィ=ストロース、吉田禎吾ほか訳『裸の人2』みすず書房、2010年、pp.829-838)
 また、この分析部分のみが抜粋されて、「ラヴェルの『ボレロ』」という論考が出版されています(『現代思想 特集=後期レヴィ=ストロース』1985年4月、青土社、pp.154-167)
 
 レヴィ=ストロースは音楽も神話と同様に、「人生の波乱万丈を模倣」する「縮約モデル」とみなしています。「希望と落胆、試練と成就、期待と達成を織りこめたおのれの人生」を、「短時間に凝縮」して体験するのです(レヴィ=ストロース、前掲『裸の人2』、p.828)
 楽句や和声展開は、「音楽特有の次元で生じた困難を易々と解決できる」ため、その体験は、「現実にはなかなか遭遇しがたい成功をおさめ見事に成就」する疑似的な経験を得られるわけです(同書、p.829)
 神話が、現実の世界での人間関係、対立や葛藤や和解の見本となっていたり、また、一人の人間の成長過程の暗喩となっていたりするのと同様に、音楽でも、そうした内容を短時間に縮約して疑似体験できる、とレヴィ=ストロースは考えているのです。
 
 さて、その論考において、レヴィ=ストロースはラヴェルの楽曲<ボレロ>のスコアを分析し、いくつかの対立軸を拾い出します。
 まず、旋律の対立。
 <ボレロ>では、まとまった(36小節の)フレーズの単位が何度も繰り返されます。その一単位の中に、2組の対立を見出します。「主題」と「応答」「対主題」と「対応答」です。さらに、「主題と応答」と「対主題と対応答」のメタレヴェルでの対立もあります(下のスコア参照。36小節中の32小節です)
 これらの複対立に対して、レヴィ=ストロースは「『平らにされた』一種のフーガ」という形容を与えています(同書、p.830)
 

ラヴェルの<ボレロ>
(ジャン=ジャック・ナティエ、添田里子訳『レヴィ=ストロースと音楽』アルテスパブリッシング、2013年、p.160より引用)
 

 次に、リズムの対立。
 旋律ラインのみならば、2拍子系の曲なのですが、曲全体を通して流れる打楽器などのリズムは、スコアの指示通り3拍子です。2種類の拍動の対立が形成されているわけです。
 さらに、調性の対立。
 「主題と応答」の16小節はハ長調ですが、「対主題と対応答」では調性があいまいで、明確には落ち着きません。「下属短調に触れるが、けっして下属短調に到達しないようなものとのあいだを交替する」(同書、p.835)とレヴィ=ストロースは見解を述べています。
 ここでは、調性の対立と、曲想の明暗、静と動の対立とが重なっています。
 そして、これらの対立は、レヴィ=ストロースによれば、最後のホ長調への突然の転調と、その後のオーケストレーションで総合的に解決します。
 それゆえ、この曲全体が「たがいに絡みあったさまざまな対立の複雑な集合体を克服しようとする試みである」(同書、p.835)と結論づけられます。
 この作品は「神話と同じように、いくつもの同時に起こる次元で、実際にはきわめて複雑な、解決しなければならないひとつの物語を述べている」(同書、p.837)のです。
 作曲家のロクリアン正岡氏が、<ボレロ>を素材にした作品を数曲創作していますが(例えば、「ロクリアン・ラヴェル<貴婦人ボレロの男性遍歴物語>の新境地」をご参照・ご試聴ください)、彼もまた、この曲の神話的賦活力を感じ取っていたのかもしれません。
 
 すべての音楽が、対立・葛藤とその解決、というモデルに収まるわけではありませんが、人間の精神の琴線に触れるような楽曲になかには、こうしたタイプの曲が相当存在しているように、私も感じています。
 人類の集合無意識、原型的構造を喚起するタイプの作品が、名作の中には数多くあるようです。そのうちの代表作が、ラヴェルの楽曲<ボレロ>でありました。
 
【森による追補】
 
 最後に、私の判断で、「対立・葛藤とその解決」という神話的構造を有している代表的作品を一つ取り上げて、手短かに解説しておきます。
 モーツァルト作曲、交響曲第40番ト短調k.550です。
 
 この交響曲の第1楽章と第4楽章はともに、ソナタ形式で書かれ、その調性関係が相同的です。[提示部・展開部・再現部]の三部構造をとり、提示部と再現部では、深刻な第1主題と優美な第2主題の対立する二つの主題が現れます。
 
第1楽章の提示部:
 第1主題:ト短調
 第2主題:変ロ長調
第1楽章の再現部:
 第1主題:ト短調
 第2主題:ト短調。
 
第4楽章の提示部:
 第1主題:ト短調
 第2主題:変ロ長調
第4楽章の再現部:
 第1主題:ト短調
 第2主題:ト短調。
 
 上記のように、提示部での対立する二つの主題が、嵐のような展開部を経過したのち、再現部では調性上歩み寄り、和解します。その第1楽章と同じパターンが、第4楽章でも出現するのです。
 そして、統一された悲しみの曲調で、最終楽章を閉じます。
 
 また、四つの楽章の調性を見ると、[ト短調―変ホ長調―ト短調―ト短調]と構成されていて、[短―長―短―短]の大きな構図が現れます。そして、この構図は、第1楽章と第4楽章の主題の調性として、内部構造にも反映しています。
 つまり、[短―長―短―短]の入れ子が形成されているのです。
 
 交響曲第40番は、「対立・葛藤とその解決」という構図が、複層的に構築されている作品だったのです。
 心に染み入る旋律を、このような構図の中に、モーツァルトは配していました。永遠に残るであろう作品の奥深さの一端が、見えた気がします。


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