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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

レヴィ=ストロースの音楽論(1)―音楽と神話の類似性― 

Posted on 09:44:17

 
 構造主義の人類学者、レヴィ=ストロースから、私は幾重にも影響を受けてきました。
 作曲に対する姿勢、音楽史と科学史の研究の視座、さらには思考様式に対してまで、レヴィ=ストロースからの感化があったと思います。

 
 レヴィ=ストロースは著作の端々で、音楽に関して言及しています。その内容が実に奥深く、洞察力に富んでいる、と私には感じられます。
 彼自身、音楽家を志した時期があったことを、ラジオ放送で語っています。
 
「私は子どものころからずっと、作曲家になろう、さもなくば、少なくともオーケストラの指揮者になろうと夢みていました。子どものとき、オペラを作曲しようとたいへん努力して、その台本を書いたり、舞台装置を画いたりしたこともあります」(レヴィ=ストロース、大橋保夫訳『神話と意味』みすず書房、1996年、p.74)
 
 音楽に寄せるそのような想いのある思想家の考察を、軽視するわけにはいかないでしょう。
 そこで、何回かに分けて、私が理解した範囲での、レヴィ=ストロースの音楽に対する考察の一部を、紹介していこうと思います。
 
(1)音楽と神話の類似性
 
 レヴィ=ストロースの神話研究は、音楽の諸構造と対比・参照されながら、進んでいきました。本人もそのように語っていますし、『神話論理』の第1巻の目次を見るだけでも、そのことが窺い知れます。大きな見出しだけ抜き書きすると、次のようになります。
 
「序曲/主題と変奏/行儀作法についてのソナタ/五感のフーガ/平均律天文学/3楽章からなる田舎風の交響曲」(レヴィ=ストロース、早水洋太郎訳『神話論理Ⅰ・生のものと火を通したもの』みすず書房、2006年)
 
 その「序曲」において、「人間の生み出したもので神話の本質についてもっとも参考になるのは音楽であるように思える」(同書、p.41)と述べています。
 
 では、神話と音楽は、どのようなところが似ているのでしょうか。彼によれば、この両者の間には、二つの結びつきがあります。一つは「類似関係」、もう一つは「隣接関係」です(前掲『神話と意味』、p.62)
 「類似関係」とは、どちらも「できごとの束」を全体として把握する必要がある、という類似性を指しています。オーケストラのスコアをフルートのパートから一行ずつ読んでいっても音楽を理解できず、他のパートの段と同時に全体として把握しなければなりません。それと同様に、神話においても、個々の神話の要素のみでは理解できず、いくつかのエピソードを総合的に把握しなければ、神話の意味を引き出すことができません。
 
神話の個々のエピソードとしては、例えば、父親殺しや、近親相姦や、竜のような怪物退治、身体的不具合、などが挙げられます。
 
 つまり、神話も音楽も、同時並行的に進行する世界の暗喩になっている、ということでしょう。
 
 もう一つの「隣接関係」とは、ヨーロッパの近代において、神話が衰退し、その機能と構造を、音楽が18世紀ころに引き継いだ、とレヴィ=ストロースが判断していることを指します。
 フーガやソナタといった、音楽の形式は、「神話のレヴェルですでに存在していた構造を再発見しただけだと言ってもよいくらい似ている」(同書、p.69)と語っています。
 世界の存在様式や人間関係の在り方の基本構造を、神話はメタファーとして示してきましたが、それと同様に、音楽の諸形式においても、例えばソナタ形式では、対立する要素の提示とその展開、そして対立の解決、といった筋書きが用意されています。
 音楽には、構造的に、神話的原型が備わっており、聴き手は知らずのうちに、神話から受け取るであろうメッセージと同種の意味内容を受け取っている、ということです。
 レヴィ=ストロースの言葉を引用すると、
 
「音楽と神話が人間に直面させるのは…無意識的でありつづける実体の、意識された、あとからできる近似物(音楽の総譜と神話はそれに他ならない)である」(前掲『生のものと火を通したもの』、p.28)
「音楽と神話が訴えかけているのは、聴衆の共有する心的構造にである」(同書、p.40)
 
 結局、音楽も神話も、人類の集合的無意識の反映、と彼が理解していたと判断できます。
 音楽も、神話と同様に、世界や人間の本来的在り方を暗示する機能を持ち、そのため、神話と類似した構造まで持っている、というのが、レヴィ=ストロースの考えです。
 
 私は、この考察に深く同意するため、彼の論考を手短に要約して、このブログに提示したわけです。
 
最後に、気になったことを一言だけ。
 レヴィ=ストロースの議論で、「音楽」は、管弦楽を中心とする西洋音楽を念頭に置いているようです。ほかの地域の音楽はどうなのでしょうか。「西洋文明優位」の考え方や「進歩史観」に対して疑問を呈してきたこの人類学者が、音楽に関しては西洋音楽のみに傾倒している点は、解せません。『神話の意味』のラジオ放送は1977年です。その頃までには、フランスにもジャズは確実に届いていたはずで、少なくとも1950年代60年代頃のジャズのトレンドを、神話とのかかわりの考察の射程に収めておいてほしかった、と残念に思います。
 ないものねだりかもしれませんが。


 

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