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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ヘンデルとバッハの最大の違い―聴衆への配慮― 

Posted on 11:29:36

 
 バロック時代後期の代表的作曲家、ヘンデルとバッハは、しばしば比較して論じられます。二人とも、1685年にドイツで生まれた、という共通性がある一方、作品から滲み出てくる個性的な色合いがかなりの違いを感じさせるからでしょう。

 
 今回は、このバロック時代の二人の巨匠に関して、私が個人的に最も注目している相違点を、語ってみたいと思います。
 
 二人とも生涯にわたり、何度も転居しましたが、バッハはドイツ圏内にとどまった一方、ヘンデルは、若い頃にイタリアに留学し、20代後半以降はイギリスで過ごし、イギリスに帰化します。ヘンデルはまさに、国際的に活躍した作曲家でした。
 また、二人とも、当時のヨーロッパの各国の様式を自らの作品に反映させています。しかしながら、バッハはドイツ的伝統を主軸にして、フランスやイタリアの色彩を調味料を振り掛ける程度に加味したにとどまりますが、ヘンデルは、イタリア語のオペラを作り、英語のオラトリオを作曲したように、ドイツ、イタリア、イギリスの作風を、すべて自家薬籠中のものとし、優劣の序列なしに取り入れています。
 さらに、二人の芸風の違いを生み出した異なる背景として、職場の違いがあります。バッハは宮廷楽長の時代もありましたが、後半生は27年間、ライプツィヒ教会で、ルター派プロテスタントのための音楽を中心に作曲活動を展開します。
 一方ヘンデルは、イギリスの王室や、イギリスの中産階級の聴衆のために創作します。(ドイツではヘンデルは、ハノーファー選帝侯に仕える宮廷楽長でしたが、その君主が1714年に、ジョージ一世として、イギリス国王となりました)
 
 そして、その職場の違いに起因する、想定されるリスナーの相違が、二人の作品の色彩に大きく響いているように、私は考えています。
 ヘンデルは、バッハに比べると、聴衆の心をつかもうとする配慮の程度が、格段に高かった、と思います。この点こそが、この二人の最大の違いでありましょう。
 オラトリオ≪メサイア≫の「ハレルヤ・コーラス」にしても、≪水上の音楽≫にしても、聴き手を飽きさせず、ここぞというところでは、何度も繰り返したり、やりすぎともいえるほどの装飾を施して強調したりします。全曲を通して1時間もかかる作品を聴いても、異なる曲想の楽章が組み合わされて並べられているので、聴き手は興味が持続します。絢爛豪華なクライマックスの部分では、現場に居合わせた聴衆は、我を忘れて聴き入っていたことでしょう(≪水上の音楽≫に関しては、ジョージ1世が気に入ったあまり、繰り返して全曲を3度演奏させた、という逸話が知られています)
 また、オペラの作曲家であったヘンデルは、入場料を払ってオペラの公演に来場する聴衆の反応に気を配らないわけにはいかなかったでしょう。そのオペラが面白くなければ、オペラには足を運ばなくなります(当時のイギリスのオペラ団の収入源は、主に2種で、シーズンを通しての予約者からの収入と、当日券の売り上げでした。ドナルド・バロウズ、藤江効子他訳『ヘンデル―創造のダイナミズム―』春秋社、2009年、p.102)
 それに対してバッハは、オルガン曲やカンタータが気に入られなくとも、教会には信者がやってくる、という(恵まれた?)境遇にありました。聴衆への配慮への差し迫った必要性は感じてはいなかったでしょう。
 
余談ですが、私の職場では、大学教員が学生への配慮の乏しい授業を続けても、失業の心配はまずありません。そのため、人気のない講義が温存されがちです。現在では、学生からの「授業評価アンケート」によって、学生への配慮を軽視しないように促される仕組にはなっていますが。
 
 話を戻します。おそらくバッハは、神に捧げるために、創作をしていました。曲種にもよりますが、バッハの宗教曲からは、神との対話の意識を感じます。バッハにとって、最終的な聴き手は、天上の神であったと推測されます。
 
 このように、王様や一般市民を喜ばせるために作品を書いていた、サーヴィス精神旺盛なヘンデルと、神に向けて霊感を研ぎ澄まし、独自の世界を探究していたバッハとでは、聴衆に対する姿勢が根本的に異なることになります。その違いが、楽曲の芸風に如実に反映されているように、私には思われます。
 
 二人の死後、ヘンデルのオラトリオが上演され続けた一方、バッハの作品は埋もれてしまいました。それは、聴衆への配慮の違いによる必然だったのかもしれません。
 メンデルスゾーンによってバッハは再評価され、復活を遂げますが、バッハを掘り起こしたのは聴衆ではなく、同業者の作曲家であったのも、興味深い符合だと思います。
 当時としては、一部の専門家にしか理解できない音楽を、バッハは創っていた、ということでしょう。そのバッハの創作指針が、現在でも相当程度引き継がれているため、聴衆軽視の現代音楽の作品が登場したりするのでしょう。
 21世紀の現代において、バッハ的な創作スタンスも存在意義はありましょう。その一方、ヘンデルの聴衆に対する姿勢を、作曲指針の一部として精神の片隅に刻んでおくことも、作曲を志す人間は忘れてはならないと思います。
 
 ところで、このブログ記事は、読者に対する配慮が十分になされていましたでしょうか。


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