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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

バロック時代における、器楽と実験的精神 

Posted on 08:56:07

 
 17世紀のバロック音楽の成立において、同時代の科学革命と同様に、数理的思考と機械論的世界観、さらに実験的精神とが深い係わりを持っていた。
 そのような持論を、前回のブログ記事<バロック音楽における、数字付き通奏低音と、機械論的世界観>では展開しました。
 今回は、前回省略したポイント、「実験的精神」がバロック音楽の器楽曲の発展に大きな役割を演じていたことを、述べてみたいと思います。


 
 「器楽曲」というジャンルは、バロック時代の初期に確立しました。
 中世やルネサンス期においては、声楽曲が中心でした。ところが17世紀初頭頃から、声楽曲に対する器楽曲、という区別が明確に意識されるようになります。そして、「カンタータ」(声で歌う作品)に対して、「ソナタ」(楽器で響かせる作品)と名づけられた器楽曲が作曲されるようになりました。
 譜面上でも、バロック時代に入ると、楽器パートが声楽パートとは独立に書かれるのが一般的となり、楽器指定も行われるようになります。
 それとともにこの時代には、楽器の改良や新楽器の製作が相次ぎました。
 ヴァイオリンは、16世紀前半に4本弦の形態が定着し、17世紀に北イタリアのクレモナの工房を中心にして、アマーティ一族らの貢献により、格段の進化を遂げます。アマーティ家の中で最も有名なニコラ・アマーティは、17世紀の中頃に活躍し、ヴァイオリンという楽器の標準形を作り上げました。そして1700年前後には、彼の弟子たちによってストラディヴァリやグァルネリのような完成形に到ります。
 オーボエやファゴットも、16世紀に出現し、17世紀にバロック型の楽器に変化を遂げ、バロック音楽の定番楽器として定着しました。オーボエはまずフランスで、ルイ14世の楽隊で普及します。宮廷作曲家として重用されていたジャン・バティスト・リュリ(フランスに帰化したイタリア人)が、オーボエを愛好していたようです。
 改良された楽器や、新しく開発された楽器がアンサンブルに導入される際には、さまざまな試行錯誤が繰り返されたと想像されます。ピッチの問題や音量・音色のバランス、その楽器の低音部から高音部に至る音域変化に伴う音色変化の微調整、ソロ楽器に向くか否か、などなど。そして楽団や奏者にとって、納得のいくバランスが得られるまで、楽器の改善は続いたことでしょう。
 それはあたかも、自然科学の探究において、理論的仮説を立て、実験により検証・反証し、新たな仮説を導くサイクルの如くです。つまり、器楽曲の確立と器楽の改良・進化は、職人的技術による実験的探究精神に支えられていたのです。そしてこの背景には、近代科学と同様、イタリア・ルネサンス期以来の熟練職人の伝統がありました。
 
 ところで、器楽の発達と連動して、音律の問題が深刻化しました。声楽曲が中心で、転調がほとんどなく、調号(♯や♭)の多い調があまり使用されなかったルネサンス期までは、音律の問題は実践上大きな問題にはなりえませんでした。
 バロック以前のルネサンス期においては、純正律が基本でした。長3度と5度を純粋な協和音程(波長比または弦の長さの比で4:5と2:3)として、美しい三和音を響かせます。しかしこの音律では、他の調で演奏するとゆがんだ音階になってしまい、調号が増えると和音がゆがんだ音になってしまうのです。ハ長調の純正律の場合、♯または♭が2つ以上ある調での演奏は、実用上役に立たず、限られた調でしか演奏できない音律なのです。
 
今日の等分平均律では、長3度や5度の音程(ドとミ、ドとソの音程)は純粋な協和音程からわずかに外れます。しかしながら、すべての調で演奏可能で、転調しても相対的な音の間隔が全く変わらない、という利点があるため、純粋な協和音程を犠牲にしたうえで採用されているのです。
 
 そのような事情から、器楽曲の普及とともに、転調してもあまり不自然でなく、調号の多い調でも演奏可能な鍵盤楽器が要請されるようになります。そのため、16世紀から18世紀にかけて、さまざまな音律が提案され、鍵盤楽器で試されました。さらに、1オクターヴの間に、一般的な12個の鍵よりも多くの数の鍵を導入する試みも、数多くなされました。
 下の図は、1650年のアタナシウス・キルヒャーの著作『ムスルジア・ウニヴェルサリス』に掲載されている図版です。このような、1オクターヴあたり20以上もある鍵盤数のチェンバロなどが、17世紀には実験的に作成されていたらしいです。
 

鍵盤の試行錯誤
(西原稔・安生健『アインシュタインとヴァイオリン―音楽の中の科学―』ヤマハミュージックメディア、2014年、p.238より転載、クリックで拡大)
 

純正律では、たとえば、レ♯とミ♭は、理論上同じ高さではなく、わずかに違います。他の異名同音についても同様です。次の記事<純正律では、ソ♯とラ♭は等しくない>をご参照ください。鍵盤の試行錯誤は、実用上と理論上の要請からなされたのでした。
 
 このように、17世紀のバロック音楽の時代において、音律と鍵盤製作の試行錯誤が進行していたのです。これらは、演奏者と作曲家、さらには楽器製作者らとの共同作業で行われていたであろうと推測されます。
 耳と理論を頼りに、仮説を立てて製作・調律し、演奏をして問題点を確認し、再び音律調整の仮説を立てる―この繰り返しにより、いくつかの実用的な音律が得られました。そして、作曲家の表現可能領域を格段に拡大しました。
 つまり、音律の問題の克服に向けて、職人的技術による実験的探究がなされ、その成果がバロック以降の楽曲作品に反映されていったのです。
 バロック音楽時代の顕著な特徴、器楽の発達と音律の探索は、音楽における実験的精神に支えられて、展開されてきたといえます。この様相は、17世紀の自然科学の展開とよく似ています。どちらも、理論と実験の試行錯誤の網を世界に投げかけて、新しい世界秩序を編み上げていったのです。


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