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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ロクリアン正岡作曲<時を貫く南無阿弥陀仏>は体験する音楽である 

Posted on 06:26:50

 
 現代日本の作曲家、ロクリアン正岡氏の念仏楽曲、<時を貫く南無阿弥陀仏>を、YouTubeで聴きました。その感激を伝えたいと思います。

 
 編成は、クラリネット、ファゴット、チェロ、マリンバと、それらを背後にした人の朗唱です。バスの歌手が、「南無阿弥陀仏」という経文を、メロディーに乗せて歌うのです。指揮者もいます。
 そもそも、経典の文言は、マントラ(真言)ですから、それが音声となって空気の粗密波としてわれわれに届くと、心身の生命力が賦活します。それに加えてこの作品では、音楽の「リズム」と「旋律」が相乗的な効果をもたらしています(この曲は現代音楽ではありますが、旋律と和声があります)
 私は、心身が変容していく感覚を抱きました。
 曲の進行とともに、私の精神と五感の感受性が鋭敏になっていくのがわかりました。その過程で、宗教的な、あるいは哲学的な探究を行っている僧侶になったようでした。
 おそらく作曲者は、創作中、修行僧のような研ぎ澄まされた感性に憑依した心身の状態で、書き進めていったのであろう、と推察します。
 また、ある種の“狂気”の発露も感じました。彼の楽曲<異次元航路>と同様に、異世界へ迷い込みます。
 まさに「体験する音楽」、心身が「変容する音楽」でした。
 かつてヨーロッパの中世やルネッサンス期において、聖歌やミサ曲などの宗教音楽が創作されました。また、バロック時代や古典派以降も、「レクイエム」という曲種などに、それらの伝統が息づいています。
 ロクリアン正岡氏のこの楽曲によって、現代日本において、それらの宗教音楽のような「宗教哲学音楽」が立ち現れたことを、私は体感しました。

 
 

(YouTubeへのリンクです)
 

 ロクリアン正岡氏は、自身のホームページ内の「1600字音楽存在論」において、この作品について哲学的に語っています。彼は音楽を「無常芸術」と言い表していますが、その「無常芸術」の中核に、宗教的な「永遠の相」が貫入していることをテーマとして表現しようと試みたのであろう、と私は理解しました。


 

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