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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

感覚を、四元素説の道具立てで考察したガリレオ 

Posted on 11:30:19

 
 ガリレオ・ガリレイの自然観や方法論が絡んだ論文(タイトルは「教育成果におけるエヴィデンス主義・実証主義の限界―ガリレオの倒錯―」)を、現在書き進めているのですが、その過程で気づいたガリレオの興味深い一面を、ここに書き留めておくことにします。

 
 ここに記すことは、ガリレオ研究者や17世紀の科学革命の周辺の研究者ならば、常識に属する内容かもしれません。恥ずかしながら、私は今まで知らずにいました。そして、それは科学史の大きな趨勢を左右していたポイントかもしれない、と私には思われたので、その概略をまとめておきます。
 
 その内容を説明する前に、まず準備として前提となる概況を整理しておきます。
 17世紀前半に活躍した物理学者、兼天文学者、ガリレオ・ガリレイは、近代科学の実証主義的方法論や、数学的自然観の元祖でもあります。
 数学プラス実験、という手法で、物体の落下法則を見出し、実証主義的方法の有効性を示しました。また、自然という書物は「数学の言葉で書かれている」という言葉を残し、自然界の探究の指針を提起しました。
 そして、その数学的自然観と密接に関わる、物体の「第一性質」と「第二性質」の区分をガリレオは行っています(ガリレオ本人は、「第二性質」という用語は用いていないようですが、後に哲学者ロックが使って有名になった言葉と実質上同じ意味内容を、ガリレオは語っています)
 ガリレオは、「第一の実在的性質」として、「大きさ、形、数、運動の速さ」などを挙げています。これらは物質自体に備わっている実在的性質とみなします。それに対し、「味、匂い、色彩」などは、物体の側にあるのではなく、感覚主体である人間の側にある性質であり、客観的実在ではない、と捉えるのです(ガリレオ、山田慶兒・谷泰訳『贋金鑑識官』中央公論新社、2009年、48節、pp.357-358)
 ガリレオはこの両者の区分の基準を明確には語っていません。ガリレオ研究者の高橋憲一氏は、「おそらくガリレオは、数学的に処理可能な性質を第一性質とし、そうでないものを第二性質としたのであろう」と推測しています(高橋憲一『ガリレオの迷宮』共立出版、2006年、p.465)。ガリレオは、自らの数学的自然観で掬い取り難い性質を、排除したかったのでしょう。
 味や匂いや色彩などは、少なくとも17世紀のガリレオの時代においては、数学的手法を適用できる見通しが立っていませんでした。「量」的な性質ではなく、「質」的な性質に映っていたことでしょう。ガリレオは、自然界から「質」的なものを削ぎ落としたかったのです。そうすれば、自然界を探究するのに、数学的手法の適用で十分となるからです。
 
 さて、ここからが今回の本論です。
 ガリレオが上記の論考の直後に、さらに注目に値することを語っているのです。人間の感覚、触覚・味覚・聴覚・臭覚について、「四つの感覚が四つの元素と関連している」(ガリレオ、前掲書、p.361)というのです。
 これには驚きました。17世紀の科学革命の立役者ガリレオが、感覚を論ずるにあたって、古代ギリシアの四元素説の道具立てを持ち込んでいるのですから。
 エンペドクレスやアリストテレスは、この世界の根源的元素として、[火・空気・水・土]を挙げ、これらの四元素によってこの世界のすべての存在物が構成されている、と考えました。その枠組がガリレオにも継承されていたのです。
 たとえば、触覚については、次のように語ります。
「この感覚は、他の感覚よりも質料的であり、質料の堅さによって生ずるのですから、土の元素に関連しているように見えます」(同書、p.359)
 また、味覚と臭覚については、「味を生じさせるためには空気中を落下する液体が、匂いを生じさせるためには空気中を上昇する火が、ある類比をもって対応している」(同書、p.360)と言います。
 さらに、「音のためには、空気元素が対応しています」(同上)
 そして、それらの感覚を生じさせるために、それらの元素の微粒子の「大きさ、形、数、遅いもしくは速い運動といった以外のものが必要であるとは思いません」(同書、p.361)と断言します。
 微粒子の形や運動によってさまざまな感覚が生じる、という図式は、デモクリトスの原子論に由来するものでしょう。デモクリトスのアイデアを、ガリレオの数学的自然観に合致するように導入したように見えます。
 したがって、ガリレオの感覚論は、アリストテレスとデモクリトスとガリレオの自然観が調合された代物といえるでしょう。
 考えてみれば、物質の化学的理解は18世紀の後半から19世紀の初頭に急速に進展し、ラヴォアジェやドルトンらによって、化学分野の近代化が達成されたのですから、17世紀前半のガリレオがアリストテレスの四元素説を温存していたとしても不思議ではありません。
 運動力学と天文学の革新に係わりをもったガリレオも、化学の分野では、古代ギリシアの枠組から抜け出せなかったのです。
 この事情は、ガリレオが第二性質を軽視した一要因となっていたのではないか、と私は疑うようになりました。
 物理学と天文学の研究者として、ガリレオの当面の敵は、アリストテレス派の哲学者たちであり、アリストテレスの自然哲学でありました。運動論でも地動説でも、ガリレオはアリストテレスの敷いた路線から大きく逸脱することで、自らの学説を形成していきました。ところが、感覚を考察する際に、他の道具立てが当時はなかったため、宿敵アリストテレスの手札を用いざるを得なかったのです。
 
大学教授時代、「数学者」ガリレオの俸給は、アリストテレス派の哲学者よりはるかに低いものでした。たとえば、ピサ大学就任時、ガリレオの年俸は同僚の哲学者の10分の1だったそうです(トーマス・デ・パドヴァ、藤川芳朗訳『ケプラーとガリレイ』白水社、2013年、p.183)。
 
 ガリレオは、「自分の方法で把握できる世界こそが真の世界である」といった強烈な自負心をもった人物であったろう、と私は見ています(こうした倒錯した思考を、現在執筆中の論文では、フッサールの言葉遣いを借りて「ガリレオの倒錯」と呼んでいます)。感覚については、数量化の構想を仮想的には提示できるものの、基本となる概念をアリストテレスから借りてこざるを得ませんでした。
 そのため、人間の感覚と密接な係わりのある「第二性質」については、重要性を認めたくない、という意識に上らない思考が働き、物体には実在しない性質、とみなしたくなったのではないでしょうか。そして、その願望を正当化するため、後から適当な理屈を持ち出したのかもしれないではありませんか。
 このような“勘繰り”をしてしまいたくなるほど、「第二性質」をめぐる状況は絡み合っていたのでした。
 少なくとも、ガリレオがかなり強引に、数学的自然観の方針を貫徹しようとしていたことは確かでしょう。彼の世界観と相性の悪いものは排除する。そのため、アリストテレスの臭いがし、数量化の見通しの立たない「第二性質」を客観的世界から放逐したかった、と考えると、私は納得がいきます。
 つまり、ガリレオが「第二性質」を軽視した一つの要因として、感覚論の考察にアリストテレスが絡んでしまうこと、が作用していた可能性がありそうだ、ということです。
 その後の自然科学の歴史においては、ガリレオの方法と自然観が近代科学の基本的枠組として継承されていきます。その自然観が誕生した端緒において、上記のようなガリレオの人間性に起因する事情があったかも知れないのです。
 哲学者のフッサールや大森荘蔵氏らが、ガリレオに由来する近代科学の実証主義や数学的自然観に対して批判をしてきました。われわれの現実的な「生活世界」や「知覚世界」の認識構造を変え、生活から「意味」や「自然との一心同体感」を奪ってしまった、といった趣旨の批判です(フッサール、細谷恒夫訳「ヨーロッパの学問の危機と先見的現象学」第1節から第10節、『世界の名著51 ブレンターノ フッサール』中央公論社、1970年、所収。大森荘蔵『知の構築とその呪縛』筑摩書房、1994年、第8節)
 ひょっとすると、ガリレオの人間性の「歪み」が、近代科学によって引き起こされた諸問題に多少とも関わっていたのではないか――
 そんな疑いが私の脳裡をよぎったことを、今回の記事では書いてみました。


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