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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

中世の教会旋法と、ケプラーの72種の旋法 

Posted on 10:21:00

 
 今日の音楽では、音階は長音階(長調)と短音階(短調)の2種類です。短音階を、自然的短音階、和声的短音階、旋律的短音階に区別すると、4種類です。
 ところが、中世の教会で歌われていた聖歌の音階に関しては、長調・短調の区別とは異なる、「旋法」という概念が適用されていました。

 
中世の教会旋法
 
 まず、「旋法」の考え方で最も重要な点は、(相対的な)音階上のどの音を終始音(主音)にするか、ということです。
 ピアノの白い鍵盤のドレミファソラシドの音階では、2個所に半音間隔があります。ミとファ、シとドの間です。この音階上で、「レ」の音を終始音とする音階が、「ドリア旋法」です。言い換えれば、ドリア旋法は、音階上で、下から2番目と6番目の音程間隔に半音がある旋法、ということです。絶対的な音高を示しているものではありません。たとえば、「ソ」の音からはじめても、シに♭をつければドリア旋法になります。
 次に、「ミ」の音を終始音とする音階は、「フリギア旋法」となります。この旋法では、下から1番目と5番目が半音間隔となります。同様にして、「リディア旋法」「ミクソリディア旋法」が成立します(下の譜面を参照)
 さらに、中世の末期には、「エオリア旋法」と「イオニア旋法」が付け加わりました(この二つが、今日の短音階と長音階に対応します)
 

教会旋法1 
教会旋法2 
(久保田慶一編『キーワード150音楽通論』アルテスパプリッシング、2009年、p.92、p.93。クリックで拡大)

 
上の譜面の左側(正格旋法)と右側(変格旋法)は、終始音は同じなのですが、主に用いる音域が異なります。変格旋法では、終始音の4度下まで用いることを示しています。また、「支配音」が異なります。「支配音」とは、朗唱で最も頻繁に用いる音のことです。
 ところで、「シ」の音を終始音とする「ロクリア旋法」は、上に完全5度を作れず、ファとの間が3全音という中世で忌み嫌われた和声を形成するため、教会旋法とは認められなかったようです。
 
 したがって、中世の教会旋法では、6種、ないしは12種の旋法が区別されていたわけです。
 以上は、天文学者ケプラーが考案した72種類の旋法を理解するための基礎知識編でした。
 
ケプラーの72の旋法
 
 さて、ここからが本論です。
 17世紀の初頭に活躍した天文学者、ヨハネス・ケプラーは、このブログでもたびたび紹介したとおり、音楽理論の研究者でもありました。彼の晩年の大作、『宇宙の調和』では、音楽理論をめぐってさまざまな観点からの考察がなされています。
 音律に関しては、ケプラーは基本的に「純正律」の枠組に従っています。ルネッサンス期に普及していた音律で、4度と5度のみならず、長短3度や長短6度も純正協和する、和声を重視した音律でした。
 そのため、音階の滑らかさは犠牲になり、2種類の全音が出現しました(大全音と小全音)。また、今日の平均律の半音に対応する音程間隔は、純正律では3種、用いられました。半音と、リンマと、ディエシスです(用語はケプラーに従っています。このあたりの事情については以前のブログ記事<純正律では、1全音はふたつの半音に等分割されない>をご参照ください)
 周波数比(または弦の長さの比)はそれぞれ、半音が15:16、リンマが128:135、ディエシスが24:25です。この3種の異なる半音(と半音もどき)に、ケプラーはこだわったのです。そして、独自の旋法理論を構築したのです。
 中世の教会旋法では、全音と半音の混じった、ドレミファソラシドをベースとして、6種ないし12種の旋法を区別しました。それに対してケプラーは、純正律の音階における2種の全音をすべて分解し、半音とリンマとディエシスのみからなる12の間隔からなる音階を基準として用います。
 すると、出発点となる一番下の音をどの音にするかで、12の可能性が生まれます。Gから始まるオクターヴ、G♯から始まるオクターヴ、Aから始まるオクターヴ、…といった具合です。下の表は、ケプラーが作成した「音程の網目」です。
 

ケプラーの音階の網目 
(Sは半音、Lはリンマ、Dはディエシスです。ヨハネス・ケプラー、岸本良彦訳『宇宙の調和』、工作舎、2009年、p.226。クリックで拡大)

 
 そして、この12種の異なる半音階のそれぞれに対して、下記の3タイプの旋法のいずれかが適用できるかどうか、吟味していきます。
 ケプラーは、一般的音階を大きく三つに区分しています(同書、pp.231-232)
 
(1) フリギア旋法に相当する音階。
(2) ドリア旋法[もしくはエオリア旋法]に相当する音階。
(3) ミクソリディア旋法[もしくはイオニア旋法]に相当する音階。
([]は森が補いました。また、ケプラーは(3)を「リディア式」と記述していますが、ケプラー本人の勘違いか誤記と思われます。(3)はソから始まる旋法と対応しています)
 
 たとえば、Gから始まるオクターヴでは、下の譜面のように、合計4種の旋法が成立します(p.227)。第1種短調は、ドリア旋法とエオリア旋法に相当します。第2種長調は、ミクソリディア旋法とイオニア旋法に相当します。G#から始まるオクターヴでは、成立する旋法はひとつもない、とケプラーは判断しています。
 

ケプラーの旋法 
(クリックで拡大)

 
 その結果、(1)に対応する旋法が4種、(2)に対応する旋法が10種(5+5、ドリア+エオリア)、③に対応する旋法が10種(5+5、ミクソリディア+イオニア)、合計で24種類、成立します。(2)と(3)をそれぞれ5種と看做せば、合計で14種類です。
 それぞれのタイプ内での旋法の違いは、結果的に、全音配置部分での大全音と小全音の並びの違いとなります。
 
ここで注目しておきたいのは、ケプラーがリディア旋法(ファから始まる旋法)を認めていない点です。ロクリア旋法もケプラーの考慮の外にありますが、リディア旋法もケプラーの感覚では不自然な音階だったのでしょうか。4度が3全音となるために嫌ったのかもしれません。
 
 さらに、ケプラーは、教会旋法における「支配音」の考え方と似た発想を導入します。「骨格」となる三つの音の選び方が3通りある、というのです。たとえば、エオリア旋法ならば、[ラドミ][ラドファ][ラレファ]の3通りです。
 すると、ケプラーの旋法の数は、最大で、24×3=72通りとなるわけです。旋法の数は「3つしかないか、14か24か72である」(p.234)とケプラーは記しています。
 
 このケプラーの24ないし72種類の旋法理論は、純正律の理論的枠組が潜在的に孕んでいた可能性を徹底的に追究した所産のように、私には感じられました。半音に相当する音程間隔が3種あるのならば、その違いに応じて旋法の種類も増えるはずだ、とケプラーは考えたのでしょう。
 確かに、ケプラーが区別した旋法では、同じタイプの教会旋法でも、純正律に調律した鍵盤楽器の演奏の場合、聴覚上は、音階に微妙な色彩感覚の違いが生じます。大全音と小全音の並びの位置が異なるためです。たとえば同じイオニア旋法でも、転調すると(終始音を変換すると)、メロディーの雰囲気がわずかに変わります。
 しかしながら、同じ教会旋法のタイプ内での旋法区分は、演奏する側からすれば、とりわけ歌唱においてはほとんど意味をなさないでしょう。演奏者は大全音と小全音の区別をしないし、歌う際に意識的に区別して歌うことはまず不可能でしょう。
 したがって、この72の旋法区分は、あくまで理論的にはこのように区分できる、という意味合いの学説と理解すべきでしょう。
 純正律から派生したこの奇妙な旋法理論は、プトレマイオスの天動説で用いられた数十の周転円やエカント点(*1)を連想してしまいます。理論上の要請を突き詰めていった結果、現実離れした学説が生まれてきてしまった点が、共通しています。
 天文学の分野では、ケプラーは天動説と円軌道を放棄し、ギリシア的調和の美意識と訣別したのですが、音楽理論においては、「整数比に基づく協和」というギリシア的美意識が根底にある純正律の枠組内に留まり続け、その究極の奇怪な旋法理論に到達したのでした。
 純正律は、ツァルリーノが16世紀に体系化した音律理論ですが、その原型ともいえる音階組織は、すでに2世紀のプトレマイオスによって記述されていました(*2)。ということは、ケプラーは、天文学ではプトレマイオスに反旗を翻したのですが、音楽理論ではプトレマイオスの忠実なる後継者であったのです。
 音楽理論における「周転円とエカント点」が、天文学の「周転円とエカント点」を葬り去ったケプラーの手によって作られたのでした。
 
(*1)「周転円」は、惑星の見かけ上の複雑な運動を説明するために考案された、円軌道上を回転する子供の円です。地球中心の宇宙観を守り、観測データと整合的な体系にするために不可欠な道具立てでした。
 また「エカント点」は、「一様なる円運動」というギリシア以来の調和的宇宙観を守るために要請された概念です。等速円運動ではない惑星の運動を、その点に立てば等角速度で運動しているように見える点=エカント点を仮定して、永遠で完全な宇宙における等速円運動の理念を擁護したのでした。

(*2)「高い全音分割」において、完全4度内の三つの音程比が、純正律で用いられる比とまったく等しい比で記載されていました。(アリストクセノス/プトレマイオス、山本建郎訳『古代音楽論集』京都大学学術出版会、2008年、p.170)

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