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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

純正律では、ソ♯とラ♭は等しくない 

Posted on 11:28:09

 
 16世紀頃のルネッサンス期の音楽に主に使われていた「純正律」という音律は、メロディーラインの滑らかさよりも、和声の純正協和を重視した音律でした。そのため、全音が2種類出現し(大全音と小全音)、半音は全音を不等分割することになりました。
(そのあたりの事情については、以前のブログ記事<純正律では、1全音はふたつの半音に等分割されない>をご参照ください)

 
 さて今回は、今日の平均律で「異名同音」と称される臨時記号のつく音程が、その純正律では、「同音」とはならないことを、解説してみようと思います。その代表例として、ソ♯とラ♭の周波数比(弦の長さの逆比)を検討します。さらに最後に、この純正律の体系を守るために17世紀前後に出現した奇妙な鍵盤楽器を紹介することにします。
 
 今日の12等分平均律では、ソ♯とラ♭は同じ高さの音として扱います。しかし、純正律ではわずかに高さが異なります。和声の純正協和を優先的に考慮するからです。
 では、調号のついていない調、ハ長調ないしイ短調をベースに調律された純正律を前提として考察します。
 ソ♯は、イ短調のドミナントコードに使われます(コード名を用いるならば、E7→Amへの進行におけるE7、ミ・ソ♯・シ・レに含まれます)。それゆえ、ソ♯の音程は、ミの音と長3度(4:5)の和声が形成されることが期待されます。一方、ミとソの音程間隔は、短3度(5:6)です。また、ソとラの間隔は小全音(9:10)ですから、ミ・ソ・ソ♯・ラの周波数比は、以下の表のようになります。
 

階名ソ♯
周波数比
10
202425
121516


 

 したがって、ソ♯は、ソとラを不等分割して、ソとソ♯の間隔はディエシス(24:25)、ソ♯とラの間隔は半音(15:16)となるわけです。ソ♯は、ソとラの中間音よりも、わずかに低くなるのです。……①
 もうひとつの、ラ♭は、ハ長調においても翳りのあるメロディーや和声において出現します。コード名ならば、Fmに相当する和声でよく用いられます。それゆえ、ラ♭は、ファ・ラ♭・ドの和音が純正協和する音程に調律されることが期待されます。その比は10:12:15です。このとき、ファとラ♭は短3度(5:6)、ラ♭とドは長3度(4:5)の比を形成し、短調の純正な協和音が生まれるからです。一方、ラとドの音程間隔は短3度(5:6)です。ソとラの間隔は小全音(9:10)ですから、ソ・ラ♭・ラ・ドの周波数比は、以下の表のようになります。

 


 

階名ラ♭
周波数比
10
242530
151620


 したがって、ラ♭は、ソとラを不等分割して、ソとラ♭の間隔は半音(15:16)、ラ♭とラの間隔はディエシス(24:25)となるわけです。ラ♭は、ソとラの中間音よりも、わずかに高くなるのです。……②
 
 ①と②より、ソ♯よりもラ♭のほうが、純正律ではわずかに高い音程となります。計算すると、周波数比は125:128となります文末の注もご参照ください)
 このことは、現代の楽器演奏でも参考になるでしょう。弦楽器やトロンボーンのような、微妙な音程調整が容易な楽器では、メロディーラインよりも和声を重視する場合、つまり伴奏和音を奏でるような場合、ソ♯は低めに、ラ♭は若干高めに演奏すると、ハモリやすくなるでしょう。ただし、どんな和声に用いられているかを確認した上での話ですが。
 
 そして、このソ♯とラ♭の事例と同様なことが、他の半音分割についても生じるのです。その結果、簡単な整数比に基づく純正協和の理念を捨てずに、どの臨時調号も音程をはずすことなく演奏できる鍵盤楽器が要請されるようになりました。
 歴史的には、16世紀以降19世紀にいたるまで、1オクターヴに12を超える数のキーを備えた鍵盤が考案・開発されたのでした。
 1615年にドイツのビュクスブルクで建造されたオルガンの鍵盤は、1オクターヴあたり14のキーが用意されていたそうです。ソ♯とラ♭が別のキー、レ♯とミ♭も別のキーでした。19世紀には、1オクターヴあたり36の音を持つ「エンハーモニック・オルガン」も作られ、演奏されたそうです(トマス・レヴェンソン、中島伸子訳『錬金術とストラディヴァリ―歴史のなかの科学と音楽装置―』白揚社、2004年、pp.72-73)
 下の写真は、「エンハーモニック・ハープシコード」です。写真を見る限り、1オクターヴあたり19の鍵盤として設計されたようです。平均律のピアノの黒鍵に相当する音がすべて2種類、ミ・ファ、シ・ドの半音の間にそれぞれ異なる半音を導入して(ミ♯とド♭でしょうか?)、合計19の音が演奏可能となったようです。
 
エンハーモニック・ハープシコード
(同書、p.75より、クリックで拡大)
 
 このような、歴史的遺物となった鍵盤楽器は、古代ギリシア以来の調和の理念に固執するために踏み込んでしまった迷宮のように、私は感じます。演奏のしづらさと煩瑣な音楽理論体系という対価を払ってまで、「単純な整数比に基づく調和」の理想を死守したかったのでしょう。
 
 この鍵盤楽器と類似している天文学上の小道具があります。古代ローマ時代の天文学者、プトレマイオスが集大成した「天動説」に用いられた、「周転円」や「エカント点」です。
 「周転円」は、惑星の見かけ上の複雑な運動を説明するために考案された、円軌道上を回転する子供の円です。地球中心の宇宙観を守り、観測データと整合的な体系にするために不可欠な道具立てでした。
 また「エカント点」は、「一様なる円運動」というギリシア以来の調和的宇宙観を守るために要請された概念です。等速円運動ではない惑星の運動を、その点に立てば等角速度で運動しているように見える点=エカント点を仮定して、永遠で完全な宇宙における等速円運動の理念を擁護したのでした。
 その結果、プトレマイオスの天動説の体系は、複雑で煩瑣な理論体系になってしまいました。この体系も、黒鍵が二つずつある鍵盤楽器のように、古代ギリシア以来の調和の理念に固執するために踏み込んでしまった迷宮のように、私は感じます。
 純正律にも円軌道にも、ギリシア由来の「調和の美学」がありました。しかしどちらも、それを細部まで徹底しようとすると、かえって厄介な問題が次々と生じてくるのです。
 
付け加えると、天文学者プトレマイオスは音楽理論の研究者でもあり、純正律の原型とみなせる音律を書き記しています(アリストクセノス/プトレマイオス、山本建郎訳『古代音楽論集』京都大学学術出版会、2008年、p.170、「高い全音分割」)。この2分野の迷宮に、プトレマイオスは深く関わっていたのです。
 
 そして、1600年前後に、音楽においても天文学においても、これらの迷宮から脱出する道筋が示されました。それが純正律に換わる「平均律」の構想であり、円軌道に換わる「楕円軌道」の提唱でした。
 
 今回のブログ記事では、現在執筆中の論文「平均律と楕円軌道―ゆがんだ真珠の2変奏―」で、丁寧な説明は省略せざるを得ないけれども実に面白いトピックを、解説しておきました。
 
の注)125:128の比について
 この比の値は、純正長3度を三つ重ねても、わずかに1オクターヴには届かない、という、純正律における「長3度とオクターヴとの間に生じる矛盾」に相当する値です。ドとミ、ミとソ♯、ラ♭とドの間はすべて、長3度(4:5)です。オクターヴの比は、1:2ですから、これらの音程の比は以下のようになり、125:128の比が入ることにより、1オクターヴが維持されます。
 

階名ソ♯ラ♭
周波数比
80100125128160
 
 この比を、ガリレオの父・ヴィンチェンツォ・ガリレイは、正確に指摘していました(Vincenzo Galilei, trans. by Claude V. Palisca, Dialogue on Ancient and Modern Music (New Haven, 2003), p.109)。そして、「平均律」の音律に相当する音律を、彼は構想したのです。

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