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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

純正律では、1全音はふたつの半音に等分割されない 

Posted on 10:04:14

 
 今日の平均律の音階では、音程間隔は2種類しかありません。全音と半音です。
 ミとファ、シとドの間が半音で、それ以外は全音です。そして、全音は、ふたつの半音に等分割されます。
 ところが、主にルネッサンス期に用いられていた「純正律」という音律では、事情が異なっていました。

 
 「純正律」では、滑らかな音階よりも、純粋な和声の協和を重視します。そのため、全音が2種類生じます。
 平均律と比較すると、ドとミの間隔は若干狭く(それで長3度の純正な和声が得られる)、ドとレ、レとミの間隔が異なるのです。前者が大全音、後者が小全音です。
 そして、どちらの全音も、ふたつの半音に等分割されてはいないのです。
 
古代ローマ帝国時代のアレクサンドリアの天文学者、プトレマイオスは、音楽理論家でもありました。すでにプトレマイオスが、大全音をふたつの半音に分割することが不可能であることを指摘しています。
(アリストクセノス/プトレマイオス、山本建郎訳『古代音楽論集』京都大学学術出版会、2008年、p.150)

 
 古代ギリシア以来、音程の間隔は、その音程を生じさせる弦の長さの比を用いて、理論的には考察されてきました。その比は、周波数の比と逆比になります。大全音と小全音の比はそれぞれ、8:9と9:10です。その比を掛け合わせると、4:5となり、純正長3度の比と等しくなります。
 このような事情から、2種類の全音が出現したのです。
 そして、大全音は、半音(15:16)とリンマ(128:135)に分割され、小全音は、半音とディエシス(24:25)に分割されています。
 
こうした内容は、ヴィンチェンツォ・ガリレイ(ガリレオの父)や、天文学者ケプラーによっても議論されています。ヴィンチェンツォは、純正律のデメリットを指摘し、平均律の構想を提示する文脈で論じていました。
(Vincenzo Galilei, trans. by Claude V. Palisca, Dialogue on Ancient and Modern Music (New Haven, 2003), pp.28-30、ヨハネス・ケプラー、岸本良彦訳『宇宙の調和』、工作舎、2009年、pp.177-178。「リンマ」と「ディエシス」の用語法は、ケプラーに従った。純正律のリンマは、ピュタゴラス音律のリンマとはわずかに異なる)

 
 では、なぜ全音はふたつの半音に等分割され得ないのでしょうか。
 それにはふたつの理由がありました。
 一つ目は、得られる中間の音程が、他の音と協和する必要性が重視されたことです。たとえば、ミ♭は、ドと短3度の協和(5:6)が期待されます。そのため、ミとミ♭との間隔は、24:25の比に対応するものとなるわけです。

音階ミ♭
周波数比8910
1516
2425
56

 

さらに厄介な、ミ♭とレ♯とが等しくない、という問題も生じるのですが、ここではその議論は割愛することにします。
 
 二つ目は、数理論的理由で、二乗して8:9あるいは9:10となる整数比が存在しない、というものです。
 この背景には、音程間隔は(簡単な)整数比で表せるものでなければならない、という古代ギリシア以来の固定観念がありました。ギリシア的調和の理念、といってもよいでしょう。
 二つの理由はともに、「調和の重視」といえます。その結果、和声は美しいけれども、滑らかには流れない音階が出現したのです。半音が3種、全音が2種ある、煩瑣な体系です。
 
 ところで、この歴史的経緯と似た出来事が、天文学でもありました。「円軌道」です。 古代ギリシア以来、天界の運動は「円軌道」と考えられてきました。神々の住む天上界は、永遠で完全な世界であるから、はじめも終わりもなく完全に対称な「円」こそが、大宇宙の運行にふさわしい、という世界観です。
 そのギリシア的調和の世界観を維持したまま、惑星の複雑な運動を説明するために、プトレマイオスは、周転円や離心円などの小道具を導入して、煩瑣な天動説の体系を築き上げました。
 その「円軌道」の固定観念から脱却して、「楕円軌道」を手中に収めたのが、17世紀初頭のケプラーでした。
 音律の歴史においても、ピュタゴラスやプトレマイオスからツァルリーノまで継承された、ギリシア的調和の理念に基づく音律の枠組みからの脱却を可能にしたのは、16世紀末のヴィンチェンツォ・ガリレイやステヴィンらの「平均律」の構想によってでした。
 「平均律」と「楕円軌道」はどちらも、バロック音楽誕生の時代に考案された、ギリシア的調和の理念から逸脱した構想だったのです。
 「バロック」とは、「ゆがんだ真珠」が語源だそうです。「平均律」も「楕円軌道」も、それぞれの領野での「ゆがんだ真珠」といえそうです。
 

現在私は、「平均律と楕円軌道―ゆがんだ真珠の二変奏―」という論文を執筆中です。いずれ、ブログでも公開する予定です。

 


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