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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

原子についてのドルトンの比喩 

Posted on 11:35:39

 
 先週の木曜日(7/23)、「科学史」の授業で、ドルトンと近代的原子論について、何年かぶりに取り上げて、講義をしました。その際、ドルトンの原子の構想に腑に落ちない点があったので、ドルトンの原著(の翻訳)に当たってみたところ、実に興味深い喩えをドルトンが語っているのを知りました。
 それは次のような一節です。

 
「化学分析と合成は互いに粒子を分けたり、それらを再び結合させたりするところまでしか進まない。物質の新たな創造とか破壊は化学作用の範囲内にはない。水素の粒子[原子の意]を創造したり破壊[したり]することは、太陽系に新しい惑星を入れるか、存在する惑星を絶滅させることと同じである。われわれが生みだせる変化のすべては、凝集あるいは化合の状態にある粒子を分離させたり、前には遠くにあった粒子を結びつけ[たりす]ることである」
(田中豊助他共訳、ドルトン『科学の新体系』内田老鶴圃、1986年。[]は森による。原著は1810年)
 
 このくだりを読んで、考え込みました。気になった点が三点ありました。
 
 まず、比喩に関して。
 原子に対してスケールの大きい比喩を用いています。ドルトンの時代(19世紀初頭)、原子の内部構造など誰も見当がついていなかったはずなのに、100年後のラザフォードの太陽系型原子模型を想起させる喩えが使われているのに驚きました。
 もちろん、単なる偶然かもしれません。それにしても、新惑星の導入や、惑星の絶滅は、電子のやり取りによるイオン化や、放射性同位元素の崩壊などをどうしても連想してしまいます。
 あくまで可能性ではありますが、ドルトンは、原子に内部構造があるのではないか、その構造も実は壊れることもあるのではないか、といった“予感”を持っていたのかもしれません。
 
 第二に、宗教的世界観の浸出について。
 ドルトンは、信仰心の篤いクェーカー教徒でした。この文章からは、創造や破壊が行われるとすれば、それは神のなす行為であり、自然界や人間の手によってはなされ得ない、ということが言外に暗示されているように感じます。
 神と、人間や自然界の営みとを峻別する世界観を、ドルトンは持っていたのではないでしょうか。また、人間の可能性が限定されている、と謙虚に認める姿勢もうかがえます。
 
 第三に、原子の不滅性について。ドルトンは、原子の不滅性にどの程度の確信を持っていたのでしょうか。
 このブログ記事の冒頭に書き記した、「腑に落ちない点」とは、この観点と関わることです。ドルトンのような、実験成果を踏まえて慎重に理論を構築するタイプの研究者が、まだ見たこともない原子に対して、原子は不生・不滅である、と確信していたらしい、そこまでなぜ大胆な思考の飛躍できたのだろうか、と訝ったのでした。
 確かに、上記の引用文は、原子の不滅性を肯定している言明といえます。しかしそれは、人間の可能性の限界内、という限定つきの命題であることを、無視するわけにはいかないでしょう。
 おそらく、ドルトンの現時点での知見の範囲内では、不滅性の仮説が妥当する、といった、控えめな主張であったように、前後の文脈からは感じます。
 そして、神の意思次第では、原子の創造と破壊が行われたとしても、ドルトンは驚かなかったのではないか、と思われます。
 つまり、とりあえず、原子は不滅ということにしておこう、という程度の言明だったように、私には了解されたのです。
 そうであれば、腑に落ちなかった点も納得できます。
 ドルトンは、哲学的に精緻で決定的な原子論的世界観を構築しようとしていたのではなく、当時の実験的知見の範囲内から導き出せる、暫定的な世界像を、とりあえず、提起しておいた、ということでしょう。独断的に原子の特性を捻出したわけではなさそうです。
 
 20世紀初頭以降、原子の内部構造への探究が進み、放射性同位元素が崩壊する現象が報告されるに至り、原子の不可分割性と、不滅性は破られてしまいました。
 ドルトンがそれを知れば、「ああ、やはりそうだったか」といった感想を漏らしそうです。
 原子が実は壊れることもある、異なる原子へと変換されることもある、ということは、仏教思想に親しみ、諸行無常の世界観に馴染んできた私にとっては、ごく自然に受け入れられることです。
 ドルトン以降、近代的原子論が成立し、不滅の実体的粒子としての原子像が形成されますが、ドルトン本人は、それほどきっちりとしたイメージを確立していたわけではなく、ひょっとすると壊れることもあるかもしれない、という疑いとの間で揺れ動いていたかもしれません。
 そのようなことを、引用した上記の一節から感じた次第です。


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