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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

音楽本来の人類学的機能 

Posted on 16:29:40

 
 ライヴやコンサートなどで、同じ音楽を聴いてそれを共有する、という体験は、人間関係を円滑に、友好的にすることに効果を発揮します。また、一人で音楽に浸っているときには、周りの世界に対する感受性が高まる気がします。
 音楽にはおそらく、過去の人類の存続や進化に関わる重要な役割があったと思われます。最近、考古学者スティーヴン・ミズンの提唱する、音楽と言語と進化に関わる諸仮説を知り、大変興味をそそられました。今回は、彼の仮説の要点をまとめた後、それらに刺激を受けて私かめぐらせた思考の一部を書き留めておこうと思います。

 
Hmmmmm仮説
 
 この仮説は、人類の進化史において、言語と音楽はどのように位置づけられるのか、というテーマに関わるものです。
(スティーヴン・ミズン、熊谷淳子訳『歌うネアンデルタール』早川書房、2006年)
 音楽と言語は、ともに人類のコミュニケーションに関わる機能を備えていますが、その両者の関係は人類史的にはどのようなものだったのでしょうか。それに関するミズンの考えは、次のように要約できます。
 
○音楽は言語から派生したものではないし、逆に、音楽から言語が派生したものでもない。互いに独立した体系でもない。音楽と言語には、単一の先駆体があったであろう。そのコミュニケーション体系は、現在の音楽と言語とが共有する特徴を備えていたが、人類の進化のある時点で二つのシステムに分岐した(同書、pp.43-45)
 
 その「先駆体」あるいはコミュニケーション体系に対して、「ミュージランゲージ」とか「全体的原型言語」と呼ぶ研究者もいるらしいですが、ミズンは、「言語」という語を用いているため誤解を招きやすいなどの理由から、「Hmmmmm」と名づけています。
 人類は、類人猿から進化してきました。類人猿にも、発声や身振りを用いたコミュニケーションがさまざまな形で存在します。たとえば、危険な敵に遭遇して警戒音を発したり、辺りをキョロキョロ見回したり、メスをめぐるライバルに対して威嚇の発声や表情をしたり、などです。
 こうした類人猿たちのコミュニケーションの延長上に、初期人類のコミュニケーションの形があったのでしょう。類人猿に比較すると、初期人類においては「身振りと音楽的な発声量が増えた」と、ミズンは推測しています(p.196)
 さて、ミズンの考察の中で、私が最も興味を惹かれたのは、Hmmmmmコミュニケーションをともに継承してきたネアンデルタール人と現生人類(ホモ・サピエンス)とが、対照的なコミュニケーション様式を発達させてきた、という推測です。
 ネアンデルタール人に関して、ミズンはいくつかの根拠に基づいて、言語を使用していなかった、と考えています。しかし、脳の容積などの解剖学的知見から、ネアンデルタール人たちに同時期のホモ・サピエンス並みの知能があったとしても不思議ではありません。その能力が、「音楽的コミュニケーション」の進化に発揮されていたのではないか、というのがミズンの見立てです。共同して獲物を狩ったり、子育てしたりする局面などで、効果を発揮したのでしょう。
 一方、20万年前ころに出現したホモ・サピエンスは、やがて言語を獲得し、それ以前のホモ属とは異なる次元の進化の道を歩み始めます。そして、言語は主に「情報交換」のためのコミュニケーション手段となり、音楽は言語が苦手とする「感情の表出」などのためのコミュニケーション体系になった、とミズンはまとめています(p.377)。ミズンの印象的な記述を二つ、引用しておきます。
 
「音楽は、言語が進化した後のHmmmmmの残骸から生まれた」(同上)
「ホモ・サピエンスの系統では、…言語の進化によって、ホモ・ネアンデルターレンシスとの共通祖先から受け継いだ音楽能力が抑制された」(p.347)
 
 ミズンの考察では、いくつもの仮説が積み重ねられています。議論の展開がやや危ういと感じた個所もありましたが、全体の印象としては、筋が通っていて、学問的に議論するに十分値する主張だと感じました。もちろん、専門外の私には彼の個々の論点の正当性を吟味する能力はありませんので、とりあえず、仮説的論考として受け止めておきました。
 その上で、ミズンの仮説が含意しているであろういくつかのポイントが、私の頭をよぎりましたので、それらを書き留めておきます。
 
音楽と人類進化との関係
 
 Hmmmmmという、原音楽・原型言語の混淆的先駆体から音楽が進化してきたならば、音楽は、単なる人類進化の副産物ではなく、人類の存続や発展に相当寄与してきたコミュニケーション体系である、といえそうです。音楽的コミュニケーションが、共同体を支え、狩猟や採集のための情報交換の一部となっていたとみなせるからです。
 それゆえ、現在の人類の音楽活動の背後には、数百万年前からの音楽的コミュニケーションの蓄積が潜在的に伏流しているわけです。
 音楽は、人類進化に深く根ざしている。
 これが、ミズンの著作を読んで強く感じたことです。
 ということは、音楽には本来、人類学的機能がある、と考えてよいでしょう。子供が一緒に歌を歌うというのは、必要に応じて周りの人々と同調的に振舞う能力を涵養していると思われます。また、メロディーの波長と同期することは、自然界に対する共感能力や状況を察知する能力を高めることにつながっているでしょう。
 そして、私も作曲という音楽活動をしている以上、現生人類に抑制されているらしい“原初的音楽性”を甦らせてみたい、実感を持ってみたい、との欲求が湧いてきました。
 おそらくそれは、自然界や周りの人々と音楽的に共感する能力、音楽的感受性が解き放たれた状態、音楽的な“Zone”に入った状態、のような性質であろうと想像できます。こうした境地は、一部のアスリートたちが経験する境地や、世界のさまざまな宗教的境地とも通底しているのではないかと予想しています。
 人類が言語の発達とともに、歴史の背後に置き忘れてしまった潜在的可能性。それは我々の中に潜んでいるはずです。それを発掘し、甦らせることは、音楽を探究する我々の重要な課題なのかもしれない、と考えました。
 音楽は、共同生活する人類を結びつけ、感受性を育む役割を果たしてきました。そうした、音楽の人類学的機能を諒解した上で、今後の作曲活動を稔り豊かなものにしていきたい、と感じた次第です。
 ミズンの著作の最後の一節を引用して終わります(これは私宛ての個人的メッセージだ、と錯覚してしまいました)
 
「今度はあなたが音楽を作る番だ。いまもあなたのなかに住むこのホミニドたちをすべて解放してみよう」
(p.394)


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