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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

固定的自然観の呪縛(その1) 

Posted on 06:37:30

 
 人は、一日一日、年老いていきます。日ごとに、微妙に変化が生じています。ところが、翌日になっても、誰に対しても「同じ人物」と、ごく自然に認識します。
 変化を捨象し、同一性を抽出する精神の指向性があるのでしょう。その結果、変化しないのが当たり前、ないし、正常である、といった偏見まで派生しているように思われます。
 このような、人間精神の生来的な性質が、過去の科学史上の論争に影響を及ぼしたと考えられる例がいくつかあります。変化する自然、変動する世界を、固定的に捉えたがる人間精神の暗黙の認知傾向を、「固定的自然観」と呼ぶことにします。常識的・日常的自然観でもあります。
 今回は、その固定的自然観の影響事例を紹介してみようと思います。
 
天動説・地動説論争への影響
 
 科学史上の論争としては最も有名な事例といっても過言ではない、この論争にも、天動説を支持する陣営への暗黙の影響力として、「固定的自然観」が作用したと考えられます。
 論争自体は、ガリレオの時代、17世紀の論争がよく知られていますが、歴史を遡ると、太陽中心の地動説は、紀元前3世紀の学者、アリスタルコスがすでに主張しています。また、地球中心の天動説は、古代ローマ時代のプトレマイオスが、精緻な理論体系を作っています。
 17世紀の論争では、キリスト教の『聖書』の記述に基づく宗教的信念が、強く作用していました。しかし、その時代においても、宗教的信念のみによって天動説の主張が支えられていたわけではありませんでした。また、2世紀のプトレマイオスは、キリスト教の影響力とは無関係に、天動説を主張していました。
 プトレマイオスはおそらく、アリスタルコスの地動説を知っていました。さらに、地動説と天動説とは、数学的には同値であること(座標軸の変換に過ぎないこと)も、理解していたと思われます(『アルマゲスト』の記述より)
 それにもかかわらず、プトレマイオスが地動説=太陽中心説を拒否したのは、文献上からは、さまざまな運動学上の理由からでした。地球が運動すると仮定すると、いくつもの説明困難な物理的問題が生じるからです。たとえば、猛烈な東風が吹き続けるはず、投げ上げた物体は西に移動して着地することになる、などです。
 そして、こうした理由の背後には、「地球が動くはずがない」という信念に近いものがあったと推測されます。ガリレオの時代の天動説のように、宗教的信念から地動説を拒否したのではありません。
 つまり、古代ギリシア・ローマ時代にも地動説はあったのですが、「大地の不動性」という常識的・日常的信念、「固定的自然観」の影響力によって、主流の見解にはなりえなかったのです。
 また、17世紀の論争でも、この論争に介入してきたイデオロギーは、宗教的信念のみではないでしょう。背後に存在していた「固定的自然観」の無自覚の影響力もあったに違いありません。
 
生物進化論争への影響
 
 この論争も、前述の論争と並ぶ、科学史上の重要な論争です。
 近代的な進化論は、ダーウィンの『種の起源』(1859年)によって確立した、と一般にはみなされています。そして、ダーウィン以降の、キリスト教の創造論との論争が有名です。
 しかしながら、進化論的発想は18世紀の後半には胚胎していましたし、先駆的学説がラマルクにより、1809年に提唱されていました。そして、そうした生物進化の着想に対し、19世紀の初頭から、強い反対意見もあったのです。
 進化論の第一の論敵は、キリスト教の『創世記』に基づく創造論でしたが、他にも敵対者はいました。反進化論的な自然観を有する学者も、抵抗勢力として存在していたのです。
 天動説・地動説論争と同様に、この論争でも、科学に対する宗教の介入、という図式のみが注目されがちですが、そんなに単純なものではありません。
 生物に対する進化論的理解を妨げ、進化論の受容を遅らせた根本的要因として、自然界・生物界を固定的・静的な秩序の世界と捉える「固定的自然観」の影響が考えられます。その自然観は、必ずしもキリスト教的世界像とのみ結びついていたわけではないのです。18世紀の動植物額の動向や、啓蒙思想の拡がりといった事柄とも複雑な関係がありました。
 18世紀半ばに確立した近代分類学は、進化論的思考の形成に対して、正負、両面の影響を残しました。一般的には、「分類学から進化論が誕生した」とよく言われますが、事情はやや込み入っています。
 分類学によって、現時点での動植物界の位階的秩序がとりあえず確定しました。その秩序が歴史的にどのように形成されてきたか、という由来の探究に着目していくと、進化論が導かれてきます。その一方、その位階的秩序により、動物や植物の「種の不変性」に対する信憑が強まったことも無視できません。「種の不変性」を疑っていては、分類は成立しないからです。
 近代分類学の成立によって、「種の不変性」が強調され、常識的・日常的見方に根ざした「固定的自然観」を助長したことを、見逃してはならないでしょう。
 さらに、18世紀のフランスを中心とする啓蒙主義の思想的影響も、進化論的な思考形成に対しては、複層的に作用したと考えられますが、この論点に関しては、長くなるのでていねいな説明は省略します。ポイントのみ指摘しておくと、啓蒙思想の一側面である「秩序の提示」への指向性が進化論的発想を抑圧する方向に作用したであろうと考えられます。
 このように、生物進化論の発想がはぐくまれていた時代に、「固定的自然観」が後ろ向きに作用していました。その内実を吟味してみると、キリスト教的世界像に加えて、近代分類学の確立に伴う「種の不変性」と、啓蒙思想における「秩序の提示」への指向性も、無視できない負の役割を演じていたのでした。
 
 今回取り上げた二つの論争には、共通点があります。両者とも、宗教的信念の介入があったのみならず、地球・生物に対する「固定的自然観」が論争の一方の側に大きく影響していたと考えられることです。また、その影響力により、正当な理論に対する理解が遅れ、受容が妨げられたことも、共通しています。
 人類の生存にとって、常識的・日常的な「固定的自然観」は、おそらく有用でしょう。したがって、この認知的傾向は、生物学的適応により獲得されたものかもしれません。しかし、生存とはとりあえずは無関係な、対象化された宇宙や自然界の知見を得る営みに対しては、マイナスの作用があったと考えられます。
 
 (その2)に続きます。

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