10 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. » 12

作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

年齢相応な生き方と趣味 

Posted on 11:08:37

 
 先週、風邪を引き、4日間ほど寝込んでしまいました。
 インフルエンザでも重症の風邪でもなかったのですが、ややつらい症状(セキ、関節痛、微熱)がだらだらと続き、なかなか回復しませんでした。
 今まで経験済みで深刻でない症状にもかかわらず、体がいうことをきかなかったことと、回復に予想以上の時間がかかったことから、自身の体力と年齢を実感しました。風邪に対する体の反応は、若い頃とは相当異なります。

 
 人間の体は自然物ですから、風邪に対して年齢相応の反応をするのは当然でしょう。
 50代に入って以降、「年齢相応な生き方」を心掛けてきましたが(そのほうが潔いし、自然で無理がないからです)、体の方は放っておいてもそうなることがわかりました。
 ところが精神の方は時折、高校や大学時代に遣り残したことをしたくなったりするので厄介です。
 

 「年齢相応」に一旦話を戻します。
 服装に関しては、年齢相応を心地よく感じています。3年前からはかなくなっていたブルージーンズや、派手なシャツは処分しました。サイズが合わなくなったわけではないのですが、着用してみてしっくりと来なくなったのです。
 同様なことが、食生活での好みや、1日の時間の使い方、自室内での物の配置の仕方(主に、本と音楽機材)などに、変化が生じてきました。「年齢相応」な変化と私は考えています。多少は時代の変動の影響もあるでしょうが。
 旅行の際の目的地や日程の決め方にも、年に応じた変化がありました。
 こうした変化は、自ずと生じてきた現象のように感じられるので、私には「年齢相応」が望ましいものと映ります。逆に、「若作り」をしたいとは思いません。
 

 ところが、趣味の領域ではそうはいかない場合があるのです。我欲が入り込んでくるのでしょうか。
 ビッグバンド・ジャズの急速で激しい曲を作ってみたい。絢爛豪華な吹奏楽曲も創作してみたい。
 こうした欲求が時折噴出してきます。これらは明らかに、高校・大学時代にやりたかったけれど実現できなかったことです。
 本気でやろうとしたら、体力的にも精神的にも相当消耗するでしょう。そして、現在の自分が本当にそれらを作りたいのか、自問自答を続けるかもしれません。
 20歳の頃の私からの願いに、30年後の私はどれだけ応えたらいいのか、悩ましいのです。
 結局、適当なところで折り合いをつけることになりそうですが、やはり「年齢相応」は大事な観点になると思います。
 若い瑞々しい感性が要求されるような曲種は、いまさら私が苦労して作っても冴えないものしかできないでしょう。また、ジャズにしても吹奏楽にしても、激しいタイプの曲はあまり聴きたくなくなっているのです。
 「作りたい」けれど「聴きたくない」タイプの曲。こうした曲を作るのは、やはり無理があるでしょう。(数ヶ月前に、「聴きたい曲」より「作りたい曲」を優先させていた反省をしたばかりです。次の記事を参照。<自分が作りたい曲ではなく、自分が聴きたい曲を作る>
 過去と現在の二人の私の妥協点は、「枯れた風情のジャズや吹奏楽を創作する」といったところに落ち着きそうです。20歳の頃にやりたかったことを、「年齢相応」な形で実現していく、ということです。

 
蛇足

 
 ここまで書いてきて、気づいたことがあったので、書き留めておきます。
 年齢「不相応」の振る舞いが生じる一類型として、「若かりし頃の自分の欲求が現在の私を支配してしまう」、というパターンがありそうです。古層に眠っている自分と折り合いをつけるのは、結構難しいのかもしれません。
 また、「年齢相応」に生きる、というのは、現在の自分の存在を丸ごと受け容れる、という精神の包容力の下地があって、十全に実現される生き方でありそうです。


関連記事
スポンサーサイト

テーマ - 作曲・編曲・アレンジ

ジャンル - 音楽

△page top

△page top

Secret

△page top

トラックバックURL
→http://wood248.blog.fc2.com/tb.php/116-f99ff3bf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△page top

カテゴリ

全記事一覧リスト

最新記事

月別アーカイブ

コメントをどうぞ

最新コメント

最新トラックバック