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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ラマルクの二重の分類概念の謎を解く(その2) 

Posted on 12:15:32

 
 前回の(その1)の続きです。
 ラマルクは、「分類」を意味する述語を二つ併用し、それらを使い分けていました。彼は「分類」に関して、<分けること><並べること>の二つの契機に概念を分節化し、自然の秩序に近づくには、後者が必要だと考えたのです。
 ではなぜラマルクは、このような分類概念の分節化を行ったのでしょうか。また、<並べること>と自然の秩序への接近が、なぜ結びつくのでしょうか。

 
種の概念と分類の可能性
 
 ラマルクのこの問題は、18世紀から19世紀にかけて揺れ動いていた、「種」の概念と深い関わりがあったと私は見ています。そのため、ここで少々当時の状況を振り返ってみます。
 近代分類学がリンネによって確立されると、分類の問題は、分類を行う際の基本単位となる「種」の概念をめぐって、中世の哲学史に残る“普遍論争”を再燃させることになりました。「種」は実在するのでしょうか。それとも、人間の頭脳の構築物に過ぎないのでしょうか。
 生物学史家のエルンスト・マイアは、当時の動物学者や植物学者を、「種」をどのように捉えていたかによって、二つのグループに大きく分けています。ひとつは実在論的「種」の概念の持ち主(=essentialist)、もうひとつは唯名論的「種」の概念の持ち主(=nominalist)です。(Ernst Mayr, The Growth of Biological Thought―Diversity, Evolution, and Inheritance (Cambridge, Mass., 1982), pp.256-265, pp.166-205)
 マイアは、実在論者として、レイやリンネやキュヴィエなどを挙げています。マイアによれば、実在論者は、種を他の種と区別する重要な形質や器官に、その種の本質(essence)が反映され、他の種と明確に区分されると考える傾向がありました。また、その本質とそれによる区分は、天地創造以来不変であり、それが自然の秩序を形成している、と考えていたようです。この「種」の概念の原型は、プラトンのイデア論にまで遡ります。
 それに対し唯名論者は、実在するのは個体のみで、種や他の分類概念は人工物だと考える傾向があった、ということです。唯名論者としてマイアは、ロビネ、初期のビュフォン、ラマルクら、フランスの一連の哲学者・博物学者を挙げています。
 上記の人物のなかにも、研究人生において考え方が揺らいだ者もいますが、当時の研究者の思考の準拠枠を吟味する際には、このような二分法は示唆するところが大きいように思われます。
 実在論者の考え方の帰結としては、種を固定的・恒常的に捉え、種間の不連続性を強調することになります。そしてそこには暗黙のうちに、
 
 <分類の秩序>=<創造の秩序>=<自然の秩序>
 
という等式が成立します。本質を内在する「種」という分類単位は、天地創造時の単位とみなされます。そして、その創造時の秩序と、現在の自然の秩序とが、種の不変性の前提のもとで対応することになるのです。
 もう一方の唯名論的な考え方は、種の連続性や類縁性、自然の多様性を強調する方向へと進んでいきます。西洋思想史におけるひとつの底流を形成していた“存在の連鎖”の観念とも結びつきやすかったようです。そして、当時問題になりつつあった、「種の変異可能性」に対しては、肯定的方向で考えていく傾向があったのは言うまでもありません。
 また、上記の等式に関しては、<創造の秩序>の項が抜け落ち、さらには、そもそも分類は可能か、という根源的な問題が提起されてきたのでした。
 
 さて、ラマルクはどうだったのでしょうか。
 彼は1802年以降、種の実在を一貫して否定し、種は相対的存在に過ぎないという立場を採り続けます。その否定の背後には、二つの観点がありました。ひとつは、現時点での隣接種間の差異が連続的である、という観点です。もうひとつは、種の変異可能性を長期的には無限定で認める、という観点です。このことからも、マイアがラマルクを唯名論者としたのは肯けます。
 こうした生命観を、ラマルクは初期のビュフォンから引き継ぎました。ビュフォンは『博物誌』刊行の初期において、自然の秩序を反映した分類の可能性には懐疑的でした。けれどもラマルクは、その可能性を否定することはありませんでした。逆に、分類研究を自己の最大の課題としたのです。自然観とは別に、実際の分類では、あたかも種が実在するかのごとくに分類しているのです。
 こうした一見折衷主義的なラマルクの態度は、時代の要請でもありました。「自然誌の時代」という枠組においては、自然の秩序を知る、というのは、自然の事物の分類を見極める、ということとほとんど同義でありました。自然の秩序の認識、という大目標を、哲学者ラマルクは棄てるわけにはいきません。だからといって、分類以外にそれに迫る手段は当時はありませんでした。それならば、分類の拠点となる種の実在を仮定した枠組に従うしかないでしょう。
 ここで重要なことは、ラマルクが種の実在性を否定し、分類が自然の秩序を再構成し得ないことを徹底的に認識していたにもかかわらず、分類の意義を棄てなかったことです。つまり、彼は自然観としては唯名論的立場に依拠しつつも、実際の分類では、実在論的立場のもとで、分類の人為性を了解した上で、分類を実行せざるを得なかったのです。ここに、時代の束縛がありました。
 自然観としては、18世紀におけるひとつの潮流、自然の連続性・統合性を強調する系譜を引き継ぎ、それと同時に、それと本質的な部分でぶつかり合う可能性のある「自然誌」という枠組の目標、「分類による自然の秩序の再構築」という目標も、忠実に引き継いでいたのでした。
 ラマルクは時代の子であり、時代の矛盾を生きたのでした。
 classification と distribution の二重の分類概念設定は、このような背景から生まれたのでしょう。
 
配列の重要性
 
 実在論者にとって、分割したものをどう並べるかという配列の問題に取り組む必然性はありません。分割された一つひとつは、実体性のある世界の構成単位であり、そのままで実在、あるいは自然の秩序と対応しているからです。神、あるいは超越者、あるいは(理神論的)自然が行った分割をたどりなおすことこそが重要であり、配列は二の次になるでしょう。リンネやキュヴィエはそうでした。
 ところがラマルクにとって、分類区分されたものには実在性の保証がありません。自然の秩序との関係が見えてこないのです。「種」を相対的存在とみなした段階で、ラマルクは分類の実在性の拠点をすでに失っていました。
 では、ラマルクにとっての実在性は、どのようなものだったのでしょうか。
 ラマルクは、生命全体を本来的には同質なものと見ていたようです。というのも、彼は動物や植物の生理的な諸能力を、最終的には一元的に流体の運動で説明してしまうからです。詳細な説明には立ち入りませんが、彼にとって生命とは、不断の運動であり、プロセスそのものでありました。自然は構造的にも連続的であり、機能や作用の観点からも連続的であると見ていました。
 したがって、分節化される以前の状態の、連続的生命全体に、ラマルクは実在感をもっていたのでしょう。
 それゆえ、自然の秩序に近づくためには、分類区分(classification)されたものをつなぎ合わせ、配列する必要が出てきます。ここに、distribution の独自な使用法が要請されたのです。
 人間による分類では、自然の秩序にはたどり着けない。分類はあくまで仮のもの、人為的区分である。だが分類によってしか、自然の秩序には近づけない。おそらくそう考えたらマルクがとった手段が、自然の秩序・実在性に少しでも接近するために、区分されたものを<配列する>ことでした。これが、distribution です。
 ラマルクは、動物や植物の連続的連鎖の観念を保持していました。人為的区分をより自然の秩序に近づけるためには、「連続性の復元」こそが最も必要なこと、と彼は考えたのでしょう。ここにおいて、問題の<並べること>とより自然であることとが結びつきます。こうして結晶化した概念が、彼が独自に使っている distribution なのです。
 さらに、どう配列するか、という配列方式に、ラマルクは非常な関心を示します。
 『動物哲学』第1部第6章(分類概念をめぐる議論のまさに次の章)では、配列の問題を含む議論をしています。6章では、動物の系列をそれまでの慣例どおり、複雑な動物から単純な動物へと並べて見せます。そして、この並び方は、「自然の秩序(ordre)を逆の方向(sens)へたどることの結果」だと言います。その上で、第1部の最終章、第8章では、6章での配列をわざわざ並べなおし、逆転させて提示します。無脊椎動物の「滴虫類」から始めて、脊椎動物の「哺乳類」で終わります。
(J.B.Lamarck, Philosophie zoolosique (Paris, 1809), 2tomes)
 ここまで彼は、<配列>へのこだわりを見せるのです。<区分>だけでは「分類」は不十分なのです。
 さて、ここで浮上してくるのが、ラマルクが<自然の秩序 ordre<方向=意味 sensをどう捉えていたのか、という問題です。
 ラマルクは、「体制の複雑化にしたがった綱の自然的秩序」を語ります。まずは分類体系に見られる複雑化のなかに、自然の秩序の方向性を読み取ります。だがそれだけではありません。秩序を時間的順序 sens と読み替えます。自然の秩序とは、「自然が生命ある産物を継起的に生み出しながらたどってきた秩序=順序そのもの」でもあるのです。これが第二の<方向=意味>でした。
 このようにラマルクは、自然の秩序の方向・意味づけにおいて、時間的要素を導入しました。これは生命をプロセスと捉える彼の生命観と整合的に理解できます。
 ここまで検討してみれば、ラマルクが<配列>を非常に重視していたのは当然の事態といえましょう。<配列>の重視は、彼にとっての<自然の秩序>の構図からほとんど必然的に導かれるといってもよいくらいです。
 したがって、繰り返しになりますが、<区分>だけでは自然の秩序を反映した「分類」を提示するには不十分だったのです。
 
まとめ
 
 ラマルクにとって、分類区分 classification はあくまで人工物であり、自然の秩序への接近のためには、分類配列 distribution を示す必要がありました。
 その議論構成は、彼の生命観・自然観と不可分のものでした。
 問題としてきた二重の分類概念については、ラマルクの生命観と、時代の枠とのせめぎ合いが、彼独自の使い分けを生んだのだといえましょう。彼にとってもはや、自然誌時代の暗黙の等式、<分類の秩序>=<自然の秩序>が疑わしいものとなっていました。けれども他の形では、<自然の秩序>の再構築はできなかったのです。「分類」は理想のものではなくなっていましたが、それ以上のものは考えられなかったのです。
 ラマルクの二重の分類概念は、彼の生命観と、彼が生きた時代の矛盾とが結晶した産物でありました。

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