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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ラマルクの分類と進化学説における「秩序」と「順序」 

Posted on 06:48:29

 
 進化論の先駆者として知られるラマルクは、動物の分類研究を専門にしていました。おそらく、本人の意識としては、自分は分類学者だ、と考えていたことでしょう。
 ラマルクの主著、『動物哲学』(1809年)の最大の目標は、動物界の自然分類体系を確立することでした。その著作の中で、彼の進化学説が述べられていました。
 では、彼の分類体系と、進化学説とは、どのような関係があったのでしょうか
 今回は、ラマルクの学説を手短に紹介した後、そのテーマに向けて話を進めていきます。

 
 ラマルクの『動物哲学』は、一般には、進化の学説が初めて体系的に提示された書物として知られています。彼は、「ダーウィンの先駆者」としてしばしば語られます。進化の先駆的学説が、この著作で確かに披露されているからです。しかし、彼の動物研究の文脈からすれば、彼が1793年に自然誌博物館の教授となったとき以来の、彼の専門研究と問題意識の集大成といえる著作です。必ずしも、進化学説のためだけの論考というわけではありません。
 
ラマルクの進化学説
 
 ここで、ラマルクの進化学説の概要を紹介しておきます。彼の学説は、「用・不用説」と「獲得形質の遺伝説」がよく知られていますが、これらの学説は、ラマルクの進化学説の一要素に過ぎません。
 彼の進化の考え方は、大まかには二本立てとなっています。とりあえず、便宜的に「主過程」と「副過程」と呼んでおきましょう。
 「主過程」は、長大な歴史的時間とともに、動物の体の仕組みが自ずと前進的な発達を遂げる、という「複雑化」の過程です。これは条件に恵まれれば、自然に起こるとラマルクは考えていました。けれども、それだけではこの生物界の多様性は説明できません。同じ哺乳類でも、ゾウもいればネズミもます。体の仕組みが同程度に複雑でも、さまざまなタイプの生き物が存在しているのです。そこでラマルクは、「副過程」として「多様化」の過程を考えました。こちらは、環境への適応によって生じます。その適応をめぐる理論が、「用・不用説」と「獲得形質の遺伝説」でありました。
 環境条件の変化に応じて、動物の必要性に変化が生じ、習性が変化する。そして、よく用いるようになった器官は発達し、使用しなくなった器官は退化する。そして、1個体で生じた形態上の変化(獲得形質)は、遺伝により次世代に継承される。
 水鳥の水かきや、キリンの長い首は、そのようにして誕生した、とラマルクは考えたのです。キリンは高い樹の葉しか食物が存在しない環境下で、何世代にもわたり首を伸ばす習性を継続した結果、長い首が獲得された、というのが、ラマルク流の説明です。
 この「副過程」における適応理論のみが、今日ではラマルク説として流通しているのが現状であります。しかし、彼の進化学説は、「複雑化」と「多様化」の過程をペアで理解すべきであり、残念ながら、正当に把握されているはいえません。
 
ラマルクの分類研究
 
 さて、1793年にラマルクは、当時まだあまり研究されていなかった、昆虫類・ぜん虫類の分類研究に着手します。そして、リンネの分類に従った、この昆虫類・ぜん虫類に相当する動物群を、彼は1794年に無脊椎動物と名づけ、無脊椎動物の分類研究に取り組み続けます(それ以前には、「無脊椎動物」というカテゴリーの名称はありませんでした)。ラマルクこそが、この新分野を切り開いていったパイオニアでありました。自らその新分野の方法論や枠組を基礎から構築していくため、彼の著作には、彼の自然観・世界観が明瞭に表明されることになります。
 まず、この研究でラマルクが最も重視したのは、無脊椎動物全体を大きくいくつの綱に分けるべきか、という問題と、その分類区分する際の基準をどうとるか、という方法論的問題でした。実際に彼は複数の著作で、リンネの分類区分の改革を宣言しています。また、自然誌博物館の同僚のアントワン・ローラン・ド・ジュシューによって達成された、植物の自然分類の体系に刺激を受け、動物の自然分類の体系構築を志すようになっていました。
 そして『動物哲学』においては、ラマルクはその第1部の目標として、「動物の自然的秩序の考察と、もっとも適切な、動物界の分類配列と分類区分を提示すること」()を掲げています。その目標どおり、第1部の最後の章で、無脊椎動物10綱を含む、動物界14綱の全般的分類表を提示しています。その分類表は、ラマルクにとっては、1793年以来の無脊椎動物を中心とした動物の分類研究の大いなる成果であったことでしょう。
 
J.B.Lamarck, Philosophie zoolosique (Paris, 1809), 2tomes, p.15.
 邦訳書は、[ラマルク著、高橋達明訳『ラマルク・動物哲学』(朝日出版社・科学の名著第Ⅱ期・5、1988年)、p.23]
 なお、distributionを「分類配列」、classificationを「分類区分」と訳しました。これは、著作全体でのこれらの用語の使われ方を考慮して訳したものです。

 
 したがって、このラマルクの主著は、進化論も述べられてはいますが、「動物の自然分類の体系構築」を最大の目標としていたのです。
 『動物哲学』においてラマルクは、自分が提示する分類は、自然の秩序にきわめて近い分類である、と主張します。では彼は、自分の分類がどんな意味で自然の秩序を反映していると考えたのでしょうか。この論点において、分類と進化学説とが絡んでくるのです。
 
分類と進化学説との関係
 
 分類区分する際、彼が最も重視した分類基準は、神経系の発達の度合いでした。そしてそれを主軸として並べられる、体制の複雑化していく系列を、動物界の全般的配列としています。ここで問題となるのは、なぜラマルクが神経系を分類のための重要な器官と考えたのか、そしてなぜ、体制の複雑化の系列に注目したのか、という点です。
 ラマルクは、そのような基準を採ったときにこそ、もっとも自然の秩序を反映する分類が可能である、と考えました。なぜなら、ラマルクにとって、自然の秩序(ordre)とは、自然が継起的に動物を生み出していった、時間的な自然の順序(ordre)のことであったからです。
 フランス語の“ordre”には、英語の“order”と同様、「秩序」という意味と「順序」という意味を含んでいます。ラマルクは同じ用語を用いて、「自然の秩序」=「時間的な順序」と看做したのです。
 そして、その順序がもっとも明瞭に動物に現れているのが神経系と考えられるから、神経系を最重要器官とみなし、それを主軸とする体制の複雑化の系列に注目したわけです。
 つまり、ラマルクは、分類の最も重要な基準として、進化論的観点を導入したのです。
 ラマルクの世代以前には、リンネに代表されるような、「神」が設定した秩序の反映された分類を目指す、という形がありました。それに対してラマルクは、「自然界」の秩序の反映を重視しました。そしてその秩序とは、自然の産物である動物が出現してきた、「時間的・進化的順序」であったのです。
 ラマルクが『動物哲学』第1部において展開した、その進化学説の中心となるのは、歴史的時間継起に伴って、動物の体制が前進的に発達を遂げてきた、という主張でした。この学説は、彼の研究の目標と問題意識からすれば、自分の分類とその分類基準の正しさを、支持・確認するために要請される理論、との位置づけとなります。結局、進化学説は、自然分類のための手段として出現したのでした。
 ラマルクの研究の動機や問題意識は明らかに、18世紀的な啓蒙期の体系の精神、分類・記述の精神を受け継いでいます。言い換えれば、『百科全書』や『博物誌』に共通する“世界のカタログ化”の理念を引き継いでいるのです。博物学の伝統の中では、リンネ以来の目標―動植物の分類体系の提示―を共有していたといえます。
 しかし、それにもかかわらず、ラマルクは自然の秩序を固定的なものとは捉えず、むしろ自然を動的な生成と捉えていました。そのため、現在の秩序の体系を理解するために、過去の自然界の発展的変化の観点、19世紀に引き継がれる、進化的・歴史的視点を導入したのです。
 このように、分類に進化的視点を導入したラマルクは、形式的秩序を重視するとともに、従来の固定的秩序に変化・破壊をもたらす可能性のある発展的生成をも重視しました。論理的には両立しがたく、対立しかねない二つの生命観が、ラマルクの中では共存していたのです。その意味で、ラマルクはまさに、時代の分水嶺上に位置する人物と看做せるでしょう。


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