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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ベートーヴェンの≪運命≫にみられる、秩序と発展のせめぎあい 

Posted on 09:41:03

 
 古典派からロマン派への音楽史的移行を推し進めたベートーヴェンは、とりわけ第2期(中期、1802-1816頃)の作品群において、古典派的側面とロマン派的側面が共存する作品を創作しています。
 彼の交響曲第5番≪運命≫ハ短調は、その傾向が顕著に現れた典型的楽曲です。聴いてみればすぐさまわかることですが、この作品の内容を分析してみると、確かにそのことが了解されます。
 ここでは、≪運命≫のソナタ形式の構造と、4楽章形式に対するベートーヴェンが行った工夫とを検討して、この交響曲の両面性をあぶりだしてみたいと思います。

 
ソナタ形式の内実の変容
 
 ソナタ形式に関しては、ベートーヴェンは、ソナタ楽章を構成する各部分の配置や機能を古典派から踏襲しました。しかし、二つの点で、ハイドンやモーツァルトのソナタ形式の枠を破っています。
 一つ目は、提示部・展開部・再現部のうちで、展開部を従来よりも長くし、より充実したものにしている点。二つ目は、再現部のコーダ領域(終結部)を拡充して、第二の展開部としての機能を盛り込み、実質的に四部構成の枠組にした点です。両者に共通するのは、主題の「展開」をより重視する姿勢といえます。このことは、交響曲ではとりわけ第3番と第5番に顕著に見られます。また、以前のブログ記事で論じたように、≪エグモント序曲≫に破格さを感じるのも、ソナタ形式からの逸脱による点が大きいでしょう。
 第5番≪運命≫では、ソナタ形式の第1楽章の提示部・展開部・再現部・終結部の小節数が、それぞれ、124・123・126・129となっています。その比はほぼ1:1:1:1です。
 ここで、モーツァルトの最後の五つの交響曲と比較してみましょう。モーツァルトのその5作品における第1楽章の、提示部・展開部・再現部の小節数比の平均を示すと、1:0.50:1.08となります。また、終結部が存在するのはK.550だけで、それもごく短いものです()。≪運命≫では展開部と終結部がより充実していることがわかります。
 
ベートーヴェンとモーツァルトの交響曲の小節数と小節数比の比較分析は、次の論考に負っています。平野昭「ベートーヴェンの交響曲」(平野昭他編『ベートーヴェン事典』(東京書籍、1999年)所収、pp.22-33)。
 
 一方、ソナタ形式の内部構成上のポイントである、第1主題と第2主題の調性関係については、≪運命≫第1楽章は、短調のソナタ形式の規範内のものとなっています。提示部で[ハ短調―変ホ長調]、再現部では[ハ短調―ハ長調]です。このパターンは、ハイドンの交響曲第95番ハ短調と同型です。
 したがって、≪運命≫の第1楽章は、確立していたソナタ形式の構造を踏襲しながらも、実質的に二つの展開部を用意して、楽想の展開をより充実させたソナタ楽章の代表例といえます。形式を原則的には守りつつも、それに発展的要素を色濃く導入していく。これがベートーヴェンの第2期の基本姿勢であったのです。
 
4楽章形式の有機的統一化
 
 次に、多楽章形式の内容について、ベートーヴェンがどのように対処したのか、確認してみます。
 古典派の交響曲の原型は、1770年代にハイドンによって形成されていき、各楽章が採るべき形式や性格の大枠が定まってきました。4楽章にそれぞれ独自の性格が与えられていて、各楽章は独立性の強いものでした。ベートーヴェンの第2期の交響曲は、5楽章のものもあります(第6番)が、4楽章が基本で、各楽章のタイプも、第3楽章以外はハイドンのパターンをほぼ踏襲しています。第3楽章に関しては、ベートーヴェンは優雅なメヌエットの代わりに快活なスケルツォを置くのを好みました。
 しかしベートーヴェンは、4楽章形式を原則的には踏襲しつつも、楽章間に有機的統一性を持たせるさまざまな工夫を行い、一曲の交響曲がひとつのドラマ、あるいは生成発展する統合的有機体となることを目指していました。第5番≪運命≫はその典型的事例といえます。
 ≪運命≫のもつ、全楽章の有機的統一性と発展性と一貫性は、さまざまな側面に見られるのですが、特に顕著な3点をここでは採り上げてみます。
 第一に、冒頭の四つの音からなる、いわゆる“運命動機”を、後続のすべての章で、手を変え品を変え用いている点。その動機とは、[8分休符+三つの8分音符+2分音符(フェルマータ付)]の単純な構図です。彼の見事な設計によって、動機は成長し、劇的変容をとげて展開しながら、4楽章を通しての統一性の核となっています。
 たとえば、3拍子の第3楽章では、[三つの4分音符+付点2分音符]のパターンに変じています。さらに、第4楽章の第2主題では、[3連符+4分音符]の単位構造を形成しています。単純明快な動機であるがゆえに、本来の性格を保持しながらも大きな発展の可能性を秘めていたのでした。
 

ベートーヴェン≪運命≫1楽章

ベートーヴェン≪運命≫3&4楽章
譜例は、大宮眞琴他監修『鳴り響く思想-現代のベートーヴェン像-』(東京書籍、1994年)、p.241より。

 
 第二に、第3楽章スケルツォと第4楽章フィナーレを、移行楽段によって直結し、途切れることなく連続的に演奏するようにした点。この部分にも“運命動機”が利用されています。また、この部分で短調から長調への劇的な転調が起こり、二つの楽章を通じてのドラマ―暗黒から光明へ―が形成されているのです。この部分に、「苦悩を突き抜けて歓喜にいたる」という彼の人生観が反映されている、としばしば評されます。
 
短調の楽曲が、最終楽章または終結部で、劇的に長調に転じ、歓喜、光明、あるいは勝利の音楽に変貌する、という構図は、ベートーヴェンの第2期の作品群にはいくつも見られます。たとえば、ピアノ協奏曲第3番ハ短調は、ハ長調の輝かしい音楽に転じて終結します。また、≪エグモント序曲≫も、ヘ短調からヘ長調に転じ、勝利の余韻を味わいます。さらに、長調の作品でも、最終楽章の前楽章を短調にして、そこから連続的に長調の最終楽章に突入する、という構成をもつ楽曲もあります。ピアノ協奏曲第4番や、交響曲第6番≪田園≫がそうです。
 短調から長調へ、暗黒から光明へ、苦悩から歓喜へ、という構図には、「彼の人生観が反映されている」とよく言われます。ただしそれは、作曲をした結果、事後的に作品に人生観が滲み出たのではなく、ベートーヴェンが、このように自分の人生を生きたい、という積極的な意志表示をしているように、私には感じられます。意図的に、この構成を執拗に活用しているからです。自分の人生の望むべき姿を、作品を通して提示しているのです。

 
 第三に、第4楽章中に、第3楽章の最後の移行楽段を再現することによって、伝統的に閉じられていた楽章間の扉を開いた点。これによって、各楽章はそれぞれの個性を有する自立的存在でありつつも、曲全体に対しては従属的位置づけとなる方向性が示されました。
 このように≪運命≫は、従来の交響曲の楽章構成を踏まえつつも、いくつものレベルで楽章間の関連性が強められ、生成発展する統合的有機体となった交響曲なのです。
 
 さらに、楽曲中での発展性という観点から、第4楽章になって新たな楽器が付け加わる点も、見逃せません。第3楽章までは、古典派の二管編成に準ずる楽器編成でしたが、圧倒的な歓喜のフィナーレとなる第4楽章では、ピッコロとコントラファゴット、さらに3本のトロンボーンが参加します。木管楽器の最高音域と最低音域を拡充し、金管の低音部を充実させたのです。ピッコロはさらに、煌めくようなオブリガート・ソロも任されています。楽器編成自体も、曲の進展に対応して発展を遂げるように構成されていたのです。
 
まとめ
 
 ここまで、ソナタ形式の内実の変容の分析と、四楽章形式の有機的統一化の方向性の分析を行ってきました。これらの分析からいえることは、ベートーヴェンは伝統的な秩序だった形式を基本的には守りながらも、生成・発展的要素を強烈に加味しようとしていた、ということです。
 ≪運命≫に代表されるこの志向性―形式と発展の両立―こそが、ベートーヴェン第2期の最大の特徴でしょう。
古典派的な形式的秩序と、ロマン派的な発展的生成が、ベートーヴェンの内部では共存していたのです。


 


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