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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

自分が作りたい曲ではなく、自分が聴きたい曲を作る 

Posted on 06:27:51

 
 半年ほど前から、私は、作曲と音楽制作に関して、休眠状態に入っていました。
 やや行き詰っていたのだと思います。
 けれども、このひと月ほどの間に、2つのきっかけが重なって、作曲を再開しようと思い立ちました。

 
 私にとって、作曲というのは、このブログのタイトルの通り「愉しみ」なのですが、あまり愉しめなくなっていた時期がありました。今思うと、ノルマをこなすように、無理やり取り組んでいたのかもしれません。
 作曲は仕事ではなく、趣味なので、仕事のように自分に鞭打ってまですることはない、と思い、しばらく中断していました。
 しかし、音楽に対して能動的に関わることがなくなると、私の場合は、精神状態に変調をきたすらしいことが実感されてきました。鬱傾向になりがちでした。今年の夏は、精神的には低空飛行でやっと生き延びた、という感触です。
 
 先月、10月の半ば、過去の私の創作曲を聴き直してみて、あることに気づきました。一言でいえば、「自己主張が強すぎる」ということです。自分が作りたいように作曲していて、聴く人への配慮が足りない、と感じました。とりわけ、自分でも聴きづらい部分があり、そのあたりは特にその傾斜が強い、と自覚したのです。
 20世紀の現代音楽が踏み込んでしまった獣道と似た方向に、いつのまにか私も踏み込んでいたようです。
 けれども、聴く人がどんな音楽を聴きたいのか、ということに関しては、人によって嗜好が違うでしょうから、焦点を結びません。他人の好みを勘案していては、作品のイメージは拡散してしまい、収束しないでしょう。
 ではどうしたらよいのか。
 聴き手の代表に、自分を選んだらいい、というのが、私が出した答えです。
 「自分が聴きたい曲」を作ろう。「作りたい曲」ではなくて。
 「作りたい」に意識がいってしまうと、「自分らしさ」とか「独自性」をついつい出したくなってしまい、その結果、曲のバランスや流れを損なってしまうのではないか。ちゃんと「聴きたい曲」になっているか、もう一人の自分に批判させながら、創作したらどうだろう。聴き手であるもう一人の自分が気に入るような曲を作ろう。
 そのように省察が進行したのでした。
 これが、作曲を再開しようと思い立ったひとつ目のきっかけです。
 「聴きたい曲」という基準を頭の片隅に置いておくと、分かれ道であまり迷わなくなることに、再開後に気づきました。
 
 きっかけの二つ目は、とても単純なことで、曲想が想い浮かび、曲の全体のイメージがうっすらと見えてきたからです。
 前回の記事に記したように、10月下旬に、私は松本の湧水群をめぐる散策をしました。歩いているうちに、湧水のようにメロディーが浮かんできて、口ずさんでいました。
 このモチーフを、オーケストラ曲にしてみよう。
 そう心に決めて、晴れやかな気分で散策を続けたのでした。
 タイトルは決まっています。<女鳥羽川の夕暮れ>です。
 この2つのきっかけが重なり、自ずと作曲が再開されたのでした。
 
<女鳥羽川の夕暮れ>の作曲は、現在、曲全体のスケッチメモが済んだ段階です。曲全体の構成と、和声進行、ソロ楽器の割り振りが、ほぼできました。今後、少しずつスコアを書いていきます。そして、スコア完成後、音楽制作に移行します。
 頭の中では8割方できているのですが、音楽作品として人に聴いてもらえるものにするのには、あと二月ほどかかるでしょう。作業にかけられる時間は、週に1日か2日、週に3時間から6時間程度なので、そのくらいかかります。
 新年の正月休み中に、このブログで公開できるかもしれません。


追記
 2015年1月5日、<女鳥羽川の夕暮れ>を公開しました。
 

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