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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ベートーヴェン≪エグモント序曲≫の両面性―秩序と逸脱― 

Posted on 09:11:43

 
 ベートーヴェンの管弦楽曲≪エグモント序曲≫は、不思議な作品です。
 「不思議」というのは、なにやら逸脱しているようで、その逸脱が興味深い、といった意味合いです。
 私は、とりわけ次の2点に「不思議」を感じます。

 
 第一に、この曲は悲劇『エグモント』への付随音楽であり、徹底して悲劇的な曲想をもち、断頭台での処刑の描写と思われる音型さえ現れるのですが、最後は、歓喜に満ちた明るく快活な世界が開示されている点。悲劇の序曲が、喜びにあふれて終わるのです。
 
ベートーヴェンは、ゲーテの書いた悲劇『エグモント』が劇場上演される際の音楽を依頼され、序曲と、9曲の小品を作曲しました。この序曲は、1810年に作曲されています。この劇は、16世紀にオランダがスペインから独立しようとする際の、反スペイン運動の英雄エグモントを描いています。エグモント伯爵は祖国の独立のために立ち上がるのですが、反逆罪で捕らえられ、処刑されてしまいます。しかし、死刑執行の直前に、彼の婚約者で服毒自殺していたクレールヒェンの幻影が現れ、エグモントの勇気と正義を讃え、彼の行動を祝福するのです。彼の死は、愛によって救済される、という結末です。肉体に降りかかった悲劇と、精神世界での至福とが、対をなす構図となっています。その終末の予告編として、歓喜のコーダを置いたのでしょうか。それにしても、魂の浄福を描く音楽としては開放的過ぎる気もします。
 
 「不思議」の第二のポイントは、曲の形式がアンバランスな点です。ソナタ形式をベースとしているのですが、見方によっては5部形式ともいえる構造となっているのです。
 基本構造は、ソナタ形式の[提示部―展開部―再現部]の3部構造なのですが、アレグロの提示部が始まる前に、不釣合いに長い、テンポの遅い「序奏」が置かれています。ハイドンの交響曲でもスローテンポの序奏がしばしば置かれますが、序奏がここまで自己主張したりはしません。ベートーヴェンのこの序曲では、序奏だけでもひとつの楽章を形成しうる内容をもっています。序奏部で、この劇の悲劇性を暗示していると思われます。
 また、再現部の後、断頭台での処刑の描写の後に、これまた不釣合いに長い、「コーダ」が置かれています。ここで、ヘ短調の序曲はヘ長調に転じ、歓喜に満ちたシンフォニーに変貌します。
 つまり、ソナタ形式に準じてはいるものの、相当逸脱しているのです。そして、追加した長い序奏とコーダには、内容的な必然性が伴っていました。どちらも、劇の内容の予告編となっているのです。
 さらに、標準的なソナタ形式からすれば破格な点があります。第1主題は、ヴァイオリンではなく、チェロで提示されます。その下降音型は、奈落への道案内のように感じられます。また、再現部でも二つの主題の調性上の対立は解消されていません。却って、離反の度を増しています。二人の死に別れを暗示しているのでしょうか。
 
短調のソナタ形式の二つの主題は、提示部では[主調―平行長調]で現れ、再現部では、[主調―主調]または[主調―同名長調]の関係となるのが一般的です。再現部では、調性の対立が解消され、統一感を持って曲の終幕に向かうのです。この≪エグモント序曲≫では、提示部ではセオリー通り、[ヘ短調―変イ長調]で対比的に現れます。どちらの調も、♭が4つです。ところが、再現部では、[ヘ短調―変二長調]の関係となっています。変二長調は、♭が5つで、もとの変イ長調の下属調に相当し、ヘ短調からはより遠い調となっているのです。
 
 ソナタ形式は本来、相当程度まで逸脱を許容する秩序の形式です。しかしその逸脱も、展開部や二つの主題の対比の枠内に限られたものでした。この序曲では、その枠自体を拡大、ないし、変更しているのです。
 また、ソナタ形式は物語的な展開を盛り込みやすい形式でもありました。ベートーヴェンはそのことを承知の上で、ゲーテの悲劇の筋書きとクライマックス部分を反映させる音楽を構築しようとしたのでしょう。その結果、ソナタ形式の枠を突き破るような作品が出来上がったのです。
 ベートーヴェンの≪エグモント序曲≫における、この二つの逸脱ポイント、悲劇の序曲が歓喜のコーダで終える点と、ソナタ形式の枠組が崩されている点は、ベートーヴェン以降のロマン派の音楽の進展を予兆させるものでありましょう。古典派的な秩序を重んじつつも、発展的な物語性をも重視し、構成上の統一感と秩序にほころびが生じているのです。この作品は、小品ながら、古典派からロマン派への移行期における両者の要素を含んだ楽曲とみなます。
 私は、ロマン派の音楽は、ベートーヴェンの中期の音楽から始まった、と考えているのですが、この≪エグモント序曲≫は、秩序と逸脱の両面性を有する彼の中期の音楽の特徴を、凝縮して具現化した代表的作品、と言えるのではないかと思います。
 
ロマン派の音楽の開始時期については、諸説あります。ブログ記事<ロマン派の音楽はいつから始まったのか?>をご参照ください。
 
 冒頭に記した、この曲の「不思議」な逸脱の魅力は、形式を踏まえながらもそのパラダイムを突き破ろうとする、作曲家の表現に向けるエネルギー、新しい時代の音楽を切り開こうとする活力、に由来している、と私は感じます。

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