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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ベートーヴェンの恋愛は「寅さん」に似ている―ベートーヴェンもつらかった― 

Posted on 12:19:59

 
 ベートーヴェンは恋多き人物、というイメージを私は持っていました。ところが、石井宏氏によると、それは大いなる誤解で、過去の伝記作者たちが、ベートーヴェンの恋人探しを躍起になって繰り返してきたから、そう錯覚されるようになったに過ぎないそうです。彼の恋愛と伝えられている大部分は、伝記作者の誤解または創作、つまり、思い込みやでっち上げであったと、石井氏は見ています。
(石井宏『ベートーヴェンとベートホーフェン』七つ森書館、2013年、第4章)

 
 石井氏は、「彼が恋文らしいものを書いた女性」は二人しかいなかったと判定しています。その二人とは、ヨゼフィーネ・ダイム未亡人と、かの有名な“不滅の恋人”です。(同書、pp.163-164)
 “不滅の恋人”は、メイナード・ソロモンが疑念の余地なく明らかにしたように、アントーニエ・ブレンターノという人妻でした。
(メイナード・ソロモン、徳丸吉彦・勝村仁子訳『ベートーヴェン 上』岩波書店、1992年、第15章)
 “不滅の恋人”への手紙は、おそらくは諸般の事情を考慮して相手に渡すのを断念したため、ベートーヴェンによって長らく保管され、彼の遺品として発見されたものです。宛名がなく、「私の不滅の恋人よ」という呼びかけが書かれていたため、その相手が誰であったのか、さまざまな憶測がなされてきたのでした。
 したがって、彼が本気で恋の成就を願って送り届けた恋文の相手は、ヨゼフィーネただ一人だったのかもしれません。子供を連れた未亡人のヨゼフィーネへの恋は、彼が三十台半ばの頃でした。
 結局、石井氏の見解に従うと、ベートーヴェンの生涯における真剣な恋愛は、貴族の子連れの未亡人と、貴族の子連れの人妻の二人のみ、ということになります。そして、未亡人とは破局に至り、人妻とは深入りせずに済ませたようです。
 ヨゼフィーネ・ダイム未亡人との親密な関係が始まったのは、彼女の夫のダイム伯爵が死んだ後、彼女が心労で体調を崩している時のことでした。ベートーヴェンは頻繁にダイム邸に見舞に訪れ、彼女に歌曲を献呈したりしました。ベートーヴェンが彼女の精神的な支えとなったようです。しかし、彼女の心は、やがてベートーヴェンから離れていってしまいました。
 もう一人のベートーヴェンの恋愛の対象となった、“不滅の恋人”のアントーニエ・ブレンターノとは、彼がブレンターノ夫妻とウィーンで交流するようになり、親しくなっていったようです。ベートーヴェンは41歳の頃でした。アントーニエは病気がちであり、夫に対しては愛情を抱いてはいなかったらしく、精神的にも不安定だったようです。彼女もまた、ベートーヴェンに、精神的な安らぎを見出していたのでしょう。一時は、相思相愛の状況があったようですが、お互いに分をわきまえ、沈静化していったようです。
(石井宏氏や、メイナード・ソロモンは、“不滅の恋人”への手紙の持つ二重の意味を解明していて、実に興味深いのですが、ここでは省略しておきます)
 
 さて、このブログ記事のタイトルに挙げた、「寅さん」に似ている、という話に入ります。「寅さん」とは、山田洋次監督の連作映画、『男はつらいよ』に登場する主人公の「寅さん」のことです。
 ベートーヴェンは、結婚を強く望んでいたのですが、一生独身でした。ピアノのレッスンなどで、さまざまな貴族の子女と出会い、ピアニストと作曲家として名を馳せていながらも、恋愛運には恵まれませんでした。つまり、もてなかったのです。
 端的にいえば、容貌と性格に問題があったのです。最も普及しているベートーヴェンの精悍な表情の肖像画は、本人とは全然似ていないそうです。似ているとされる肖像画を見ると、バカボンのような緩んだ表情をしています。また、彼が自己主張の強いエキセントリックな性格の持ち主であったことは、よく知られています。
 そうした表面的な要素も、寅さんと多少似ているのですが、もっと似ているのが、恋愛の相手と、恋愛の内容です。そして、恋愛は成就せず、必ず流れてしまう点です。
 たとえば、寅さんは、鳥取の旅館の未亡人となった女将と親しくなります。あるいは、琵琶湖で写真撮影している人妻と出会います。『男はつらいよ』のシリーズの後期の作品では、とりわけ未亡人や人妻との出会いがテーマとなっていました。
 そして、必ずと言っていいほど寅さんは、精神的に満たされていない相手の心の支えとなります。その後、やがてお互いの境遇を冷静に自覚した寅さんは、相手から離れていきます。
 ベートーヴェンの生涯でのたった二つの真剣な恋愛事例は、寅さんの映画のシナリオのモデルにもなりそうだ、と私は感じたのでした。
 全くかけ離れた、渡世人の寅さんと、音楽家のベートーヴェンの二人の恋愛パターンに、かなりの共通性があるのは驚きです。寅さんは映画の上での造形であるとはいえ、ヒットを続けたからには、人々の琴線に触れるものがあったのでしょう。
 この二人の共通性は、人類に普遍的な恋愛のあるひとつの形を示しているように思います。
 
 「ベートーヴェンもつらかった」のです。


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