10 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. » 12

作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ロマン派の音楽はいつから始まったのか? 

Posted on 12:13:48


 
 音楽の歴史では、18世紀の後半は、古典派の時代に相当します。ハイドンやモーツァルトの活躍した時代です。そして、19世紀は、ロマン派の時代となり、メンデルスゾーンやブラームス、ヴァーグナーらが活躍します。
 では、古典派からロマン派への移行時期は、いつであったのか
 この問題に関しては、諸説あるようです。
 今回は、ロマン派の音楽の開始時期をめぐる諸見解を紹介し、さらに、私なりの判断を加えてみたいと思います。

 
 音楽史関連の各種の書物をあたってみると、古典派からロマン派への転換期に関して、大まかには三つの見解があることがわかります。
 
 A.1800年から1803年頃
 B.1810年から1820年頃
 C.1830年頃
 
 それぞれの、主な判断材料を挙げておきます。
 Aの時期は、ベートーヴェンの中期の作品群が作曲され始めた時期に当たります。代表的作品として、交響曲第3番≪英雄≫が挙げられます。ベートーヴェンの中期の作品から、ロマン派の特徴が現れ始める、と捉えると、Aの立場となります。
 Bの時期は、1814年のウィーン会議によって反動的なヨーロッパの政治状況が形成された頃に相当し、その影響下で音楽が変容を始めた、という考え方があります。また、シューベルトが本格的に作曲を始めた年代でもあります。さらに、ベートーヴェンの後期の作品群からロマン派の音楽へ移行するとみなすと、この時期となります。
 Cの時期は、ベートーヴェンとシューベルトが没し、シューマンやメンデルスゾーン、ショパンが活躍し始めた時期に対応します。ベートーヴェンとシューベルトを全面的に古典派とみなすと、この時期となります。また政治情勢では、フランスでの七月革命を契機に、ウィーン体制が崩れ始め、自由主義や国民主義運動がヨーロッパ各地で展開されるようになる頃でもあります。
 とりあえず、まずいえることは、ベートーヴェンの作風の変容をどう捉えるかが、古典派とロマン派の転換時期の判断に大きく関わっている、ということです。
 
 では、もう少し基本的な事柄を押さえた上で、考えを進めていくことにしましょう。
 古典派とロマン派の音楽の違いは、たとえばバロック音楽と古典派との違いほどは大きくありません。作られた曲の種類はほぼ同じであり、最も重要な器楽曲はともに交響曲と言ってよいでしょう。音楽の構成上の形式も、ソナタ形式、三部形式、変奏曲など、ロマン派は古典派の大枠を、多少の逸脱はあるものの、踏襲しています。また、調性も、基本的には機能和声に基づく調性音楽を、ロマン派は引き継いでいます。
 つまり、古典派とロマン派の間には、共通性が多いのです。そのため、どの違いに着目するかが、転換時期を判断するための重要な材料となるでしょう。
 両者の違いの主な点を上げてみます。使用する楽器の数が増え、オーケストラの規模は拡大しました。曲は長くなり、複雑化し、個性的なものが増えていきました。ただし、これらの点は、化粧して見栄えがよくなった程度の表層的な違いであるように思われます。
 より本質的な違いはおそらく、音楽を創作する際の精神的背景にあると考えられます。ロマン派の傾向として、作曲家の自己主張がより強烈になりました。場合によっては、強烈な感情表現がなされたり、文学と深く結びついたり、現実逃避の傾向がみられたり、永遠や無限への憧憬が表現されたりと、作曲家の個性や内面性の発露がより尊重されるようになったのです。
 調性や楽器の使用法、音楽形式などの多少の違いは、こうした作曲家の精神の志向性の変化から生じたものでありましょう。古典派が形式を重んじた「客観的」音楽とすれば、ロマン派はより「主観的」音楽となった、と評されることがありますが、妥当と言えるでしょう。
 また、「ロマン派」という呼称が、そもそも十八世紀末からのドイツの文学運動に与えられたものであることを考慮しますと、現実から逃避したり現実世界を理想化したり、芸術至上主義に結びついたりする、文学における「精神の内面を重視する姿勢」が、作曲のスタンスに組み込まれるようになったことも、重要な判断材料となりましょう。この観点からも、作曲の際の精神的背景の変化、自己主張がより強烈になったことを、ロマン派の枢要な特質と捉えてもよいのではないでしょうか。
 つまり、古典派とロマン派を分ける最重要ポイントは、形式を遵守するか、作曲家の個性や内面性の発露を尊重するか、という点にある、と私は考えます。
 もちろん、ハイドンやモーツァルトに自己主張がないわけではありません。ただし、二人の個性は、古典派の秩序の形式の枠内で滲み出るように発揮されていたと見るのが適切でしょう。モーツァルトの短調の交響曲においても、形式は遵守されているのです。
 それに対し、ベートーヴェンは、中期以降、その古典派の枠組からはみ出すような曲作りを敢えて行い、見方によっては相当“どぎつい”までの自己主張がなされるようになります。そのターニング・ポイントとなった作品が、交響曲第3番の≪英雄≫とみなす見解があります。この判断に、私は同意します。
 ベートーヴェンの中期の最初の交響曲、第3番≪英雄≫は、古典派の交響曲の枠を破り、ベートーヴェンの強烈な個性が鮮明に現れた、記念碑的作品でありました。第1楽章では規模の大きいコーダが「第二展開部」ともいえる構造を形成し、第2楽章は、長調の交響曲にもかかわらず、短調の「葬送行進曲」となっています。第3楽章は18世紀的な「メヌエット」に替わり、溌剌たる「スケルツォ」楽章となり、第4楽章は、フーガを含む、きわめて自由な変奏曲となっています。そして、圧倒的なコーダで曲は終結するのです。演奏時間も、それまでになく長大化しています。楽器編成こそ従来どおりですが、各楽章の内実は、古典派の基準からすれば、破格といえます。古典派に根を下ろしつつも、彼独自の音楽世界が開花したのです。この交響曲は、ベートーヴェンの強烈な個性が、古典派の殻を破って誕生した作品といえます。
 またこの作品は、当時の稀代の英雄、ナポレオンに献呈する意図をもって作曲されていました。献呈はされなかったものの、ベートーヴェンはナポレオンに対し、崇敬や賞賛の念とともに憎悪や軽蔑の念も抱いていたのは確かでしょう。その両義的感情が彼の中で解決されないまま、作品に投影されているように感じます。ベートーヴェンの内面性が噴出した楽曲といえるでしょう。
 したがって私は、前記の「作曲家の個性の発露の尊重」の観点を基準として、≪英雄≫の作曲された年、1803年を、ロマン派の音楽の開始の年とみなします。つまり、Aの見解を私は採ります。
 ベートーヴェンという一個人の、交響曲というひとつのジャンルにおける変容に焦点を当てて、ロマン派の開始時期を判断してもよいのか、という批判はありうるでしょう。それに対しては、当時の最も代表的な作曲家の作風の変貌を、古典派とロマン派に共通する代表的な器楽曲のジャンルで確認したものだ、と返答できるでしょう。つまり、この個別事例は、一般化できる必然性があるのです。
 Aの立場を採用している音楽史として、たとえば、ナクソス・ディスカヴァー・シリーズの『西洋音楽史』(学研、2010年)があります。このシリーズの第Ⅲ巻は『古典派の音楽』、第Ⅳ巻は『ロマン派の音楽』となっています。そして、ベートーヴェンに関しては、彼の交響曲第2番は『古典派の音楽』の巻の最終章で登場し、交響曲第3番≪英雄≫は『ロマン派の音楽』の巻で解説されています。
 また、ロンイアーの『ロマン派の音楽』(東海大学出版会、1986年)では、ベートーヴェンの前期から後期までの全時期が叙述されていますが、前期の作品に関しては、「古典派的側面が最大限に発揮されている」と解説しています。おそらく、著作の構成上、ベートーヴェンのすべての時期をこの書物に盛り込んだのでしょうが、前期のみはロマン派とはみなせない、と判断した上でのコメントと思われます。
 これらの音楽史の見解と同様に、ロマン派の音楽は、19世紀初頭、ベートーヴェンの新たな作風への転換とともに始まった、と私は判断します。ロマン派では、古典派の形式原理を引き継ぐものの、自己の表現への欲求により忠実なため、形式的統一性や整合的秩序よりも、個性の発露が優先される曲作りがなされるようになります。ベートーヴェンの中期の作品群は、その意味ではすでにロマン派の音楽の要件を満たしている、と私には思われます。
 ベートーヴェンの中期の諸作品は、確かに、古典派からロマン派への移行期の音楽ではあります。両者の要素の均衡の上に成立しています。しかし、ロマン派の音楽の本質的要件を、「形式原理よりも自己表現の発露のほうが尊重されること」とするならば、ベートーヴェンは中期より、ロマン派の作曲家に変貌した、とみなしてよいのではないでしょうか。
 ベートーヴェンによって、ロマン派は始まりました。時代を画する最初の人物が往々にしてその前の時代の要素を抱え持っていることがありますが、彼もまた例外ではありません。ロマン派の先導者のベートーヴェンは、彼の音楽素養の基礎に、ハイドンとモーツァルトから継承した古典派の形式原理を据えていました。それを踏み台として、ベートーヴェンは新たな世界へと飛翔したのです。そのベートーヴェンに導かれて、ロマン派の音楽世界は開示されたのでした。


関連記事
スポンサーサイト

テーマ - クラシック

ジャンル - 音楽

△page top

△page top

Secret

△page top

トラックバックURL
→http://wood248.blog.fc2.com/tb.php/100-d40a97da
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△page top

カテゴリ

全記事一覧リスト

最新記事

月別アーカイブ

コメントをどうぞ

最新コメント

最新トラックバック