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作曲と思索の愉しみ

オーケストラ作品の作曲・制作過程や、科学史と音楽史の研究にかかわる記録です。 森さちやの自作曲の公開も行います。 曲と思索を分かち合いたい。

ピアノ協奏曲<真夜中の虹>の改訂版を公開―≪冥界へ≫第3楽章― 

Posted on 15:51:12

 
 タイトルの「虹」とは、“啓示”の象徴的表現です。
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“小乗仏教的”生き方と“大乗仏教的”生き方は相補的(その2) 

Posted on 15:31:37

 
 (その1)では、“大乗仏教的”生き方を深めるには、“小乗仏教的”個人的成長が不可欠、という趣旨の考察をしました。
 今回の(その2)では、“小乗仏教的”探求が、“大乗仏教的”にもよりよく生きることにつながったり、“大乗仏教的”意識の在り方を背景にしていたりする事例を提示してみようと思います。
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“小乗仏教的”生き方と“大乗仏教的”生き方は相補的(その1) 

Posted on 17:06:47

 
 上記のタイトルは、以前書いたブログ記事<『荘子』大宗師篇「真人」と、斉物論篇「朝三暮四」>の【蛇足1】で、言い訳として使った言葉でした。
 そのブログ記事で語った、「朝三暮四の精神」あるいは「等価性の諒解」の思想が、“小乗仏教的”な、独善的悟りの傾向を有することに対して、上記の「相補的」という言葉を用いて、自己正当化したのでした。
 
 今回は、この「相補的」という言明が、それほど見当外れではない、ということを示してみたいと思います。
 
 なお、ここでは、“小乗仏教的”生き方、という表現に、自己の精神性の向上のみならず、学問や芸術における自己の世界の深化や、自分の身体能力の開発など、個人的成長を志す姿勢全般を含ませることにします。
 また、“大乗仏教的”生き方、という表現に、仏教的実践行為のみならず、介護やボランティアなどの社会貢献や、脱原発運動や人権問題などの社会問題に取り組むこと等を含ませることにします。つまり、“大乗仏教的”生き方という言葉で、他者や社会に対する配慮を個人の利害よりも重視する生き方全般を表現することにします。
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バッハとモーツァルトの対比と、18世紀の発生学論争 

Posted on 15:48:35

 
 前回のブログ記事、<バッハとモーツァルト、二人の宗教的感覚をめぐって>では、二人の音楽から受ける宗教的印象に関して、バッハが「受動的」、モーツァルトが「能動的」という対比を提示しました。
 そして、その背後には、通奏低音の消失と和声の自律的運動力の獲得という、18世紀後半の音楽史上の地殻変動があることを指摘しました。
 
 今回はそれに関連して、同じ時代に進行していた、発生学における<前成説・後成説論争>に着目して、類似の生命観の対比が見られることを示してみようと思います。
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バッハとモーツァルト、二人の宗教的感覚をめぐって 

Posted on 18:06:22

 
 クラシック音楽の作曲家の中でも、とりわけこの二人の作品を、私は好んで聴いてきました。そして、おそらく、私の管弦楽曲の創作に対して最も深い影響を及ぼしてきたのが、この二人であろうと感じています。
 
 今回は、まず、礒山雅さんの著作で語られていた、バッハとモーツァルトの作品から受ける宗教的感覚に関する批評を紹介します。
 続いて、その批評に共感した私が、それをもとに展開していった考察を、書き留めておこうと思います。
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